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(Floral) Friday Fragments #284


 いよいよアホみたいに気温の高い夏がやってきて、街角に咲く花も少なくなった。近所にいくつかある百日紅を楽しみにしていたのだが、ほとんどが切られてしまって、あまり見かけなくなったし、高速道路沿いによく植えられていた夾竹桃も流行りではないらしい。環境変化に強いヒルガオのような「雑草」はまだまだ咲いているが、流石に花数は少ない。

 我が家の玄関先にほったらかしにされているランタナの鉢植えは、あまりの暑さに花芽を落とし始めた。ヘリオトロープに至っては、完全に成長が止まった感じに見える。35度を超えるのが常態化するなど、10年前には想像もできなかった。

 先日SNSを見ていたら、欧州熱波に対して、フランス人は馬鹿だから景観を重視してエアコンをつけるのを禁止しているとか、人種差別の国だから低所得者は冷房も買えないとか、根拠のないポストがたくさんあって驚いた。もちろん、そんなことはないし、他のポストを見れば書いている人が差別的な感覚の持ち主でわざと煽っていることは明らかだったが、きっと一部の人にはそんな風にも見えるのかもしれないなとは感じたのだった。

 欧州熱波は、ほとんど毎年のようにやってくる。年に1回か2回。アフリカからの熱波がジブラルタルをわたり、スペインからフランス、そしてドイツへとやってくる。そんな大気の循環とそれを支えるであろう暖流があるから、北海道よりはるかに高緯度でも冬を過ごすことができる。そのあっても2回程度の熱波は、数日の間40℃もの高温を涼しい欧州にもたらす。何しろ、普段の夏の気温は、最低気温15℃、最高気温25℃程度である。もちろんスペインあたりやフランス南部ではもっと上がるし、北欧ならずっと涼しいが、多くの地域では冷房はいらない。むしろ夏でも長袖の上着が必要なほどである。そんな地域だから、たった3日のために冷房は導入しない。普及しないから高額だし、高額だからますます冷房が馬鹿馬鹿しい。知人も散々悩んで、結局冷房を買っていない。

 とはいえ、そんな地域に40℃の熱波がやってくれば、当然死者が出る。駅や公共施設では水を配ったり、噴水を開放したりと対応に忙しい。路上生活者には、ボランティアが声をかけて回っている。地球温暖化に対して欧州が敏感なのは、そうしたことも背景にありそうだ。

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(Floral) Friday Fragments #283


 もう花も終わりのヤグルマギクを見ながら、昔の職場の近所にあった原っぱを思い出した。原っぱなんていつの時代の言葉だろう。昭和を古い時代遅れの懐かしい昔のように言う風潮にも慣れたが、その慣れのせいなのか、色々な言葉が古臭く感じて使いにくくなった。それで他の言葉を探すのだが、思い出したものは「原っぱ」としか表現が思いつかない場所だった。

 原っぱ。決して自然が残された草原のような場所でも、森の中に開いた草地でも、作られた遊び場でもなく、何かの跡地を整地したものの、ずっとそのまま残されたままの土地で、それでも定期的に草が刈られている。立ち入り禁止で、杭が立てられロープで区切られてはいるが、子供たちは時々その原っぱに入り込んで鬼ごっこをしたり、バッタを捕まえたりもしている。子供たちの目から見ればその場所は十分に広く、小さな空き地といった類ではない。

 ともかく、そんな場所なのである。思い出した原っぱは、季節折々に花が咲いていた。おそらくは以前にはタネが撒かれ、しばらくは整備されていたのだろう。その花が残って、毎年、同じように花が咲く。もう整備はされていないから、終わった花殻も積まれることは無い。だから、茶色くなった花弁がまだ咲き続ける花に混じっている。作られた花壇ではなく、原っぱの自己主張。

 この場所は、きっと間も無く刈り取られる。放置された原っぱなどではなく、花壇の一部である。それでも都会に住み続けていると、こんな風景がきっと楽しいのだ。