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(Floral) Friday Fragments #286


 猛暑日が普通になって、最高気温が32度くらいだと涼しいような気がするのは、感覚がおかしくなっているのだ。そんな会話をしていたら、案外気温が下がってきた。夏だって昔から涼しい日もあったのだ。これが普通だ。でも、寝苦しいことには変わりはないらしい。むしろ、曇った日が続くと、湿気がまとわりついて、この枕木みたいに朽ちそうな気分になる。

 最近、ふとしたことから温泉の記事を調べていて、頭に乗せるタオル(昔だったら手拭い)の意味が他にもあったことを知った。ある程度の年齢になっても、案外、知らないことも多い。それは、時代が変わって不要になったとか、習慣が変わったとか、そんなことも背景にあるのだろう。TV番組で蚊帳(かや)の話が出てきて、そういえば最近は見ないなあと思ったが、確かにこれほど網戸が普及したら蚊帳も必要ないのだろうななんて改めて考えたりする。だったら、頭に乗せたタオルの意味合いだって、違ってくるのだろう。

 で、ふと思ったのだ。網戸のない、蚊帳を吊った宿なんて面白いんじゃないかと。もちろん防犯上の課題はあるだろうが、外から入れないような作りの宿なら、雨戸を開けて蚊帳で寝る宿なんて、ワイルドで良さそうだ。テントで寝るより面白そうな気がしないでもない。ん?そもそも蚊帳が売っていないか?きっとそんなことはない。ニーズは減っても生産はしているに違いない。

 この記事を書いているうちに蚊取り線香の匂いがしてきた。もちろん、頭が勝手にそう感じているだけで、蚊取り線香の煙が漂っているわけでもない。でも、それは子供の頃に、蚊取り線香を焚いて蚊帳の中で眠った微かな記憶にも関連するに違いない。あの時すでにクラシカルなものだったのだから、今はどうなのだろう。

 SNSで蚊帳とか銭湯の手拭いとかのポストを見ても、今や昔話であったり昭和レトロ的文脈のものばかりで、さすがにもう普通に使われているようなポストは多くなさそうだ。それどころか、男性更衣室に女性の清掃員が入ってきたというポストに、結構な数のけしからんというコメントが付いていて、確かにコンプライアンスなんて視点もあるよななんて考えた。でも、20年くらい前までは、清掃員の方はサッカーのレフリーと同じ。石として扱ったような時代だった。いや、その当時もけしからんことだったが、これほど叩かれる話でもなかった。

 そう考えると、蚊帳だけの部屋なんて、今や成り立たないような気がしてきた。でもなあ、何だか面白そうな気がするのだ。古民家でも改造して、周囲に人が入れないように塀を作って、五右衛門風呂に蚊帳の部屋なんてだめかなあ。利益出ないか。

2 thoughts on “(Floral) Friday Fragments #286”

  1. 「いいね」を付けた後で、再度の「いいね」です。いや、こちらは「いいねえ〜」かも⋯。👍️

    1. 時代は変わり、人も変わる。でも、どこかに習慣とか文化とかに近い、忘れかけた良い物があるような気がしています。

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