Another one for easy understanding why ‘temple’.
A Part of Wordless Wednesday
capturing in prose
異国のコインを見ているとその国の文化に触れたような気がして、つい使い切らずに帰ってきてしまう。どうせまた行くだろうからチップ用にとっておこうということもある。紙幣だけでも困るから、コインがなければ大抵は着くなり待ち時間の暇つぶしにコーヒーでも飲んでコインを作るのだが、それでもなんとなくコインを残すのだ。
I always keep remaining coins in my pocket despite myself when I go back home from foreign countries because I find myself touching different culture. Of course I know I need coins for the next time. Usually I take a break at the airport to get some coins because bank bills are sometimes useless. Even so, I always have coins in my hand on my way home.
初めての海外からの帰り、コインは自国に帰ってからでは換金できないからとチューリヒの空港で銀行に向かい、ありったけの小銭を出して円に換金してと無茶を言ったら、快く計算してくれたことが懐かしい。紙幣とあわせてこの額なら千円札で出せるよと一生懸命計算してくれた窓口の人は、にっこり笑ってこう付け加えた。でも、これだけは残っちゃうからコーヒーでも飲んで。
無理して使い切る必要などないのだが、初めての旅行で、ガイドブックに言われるままにコインを無くそうとしたのだった。紙幣なら帰ってからでも換金できるからと。
At my first trip overseas, waiting for boarding to go back, I visited a bank to exchange money including coins according to a guidebook saying you couldn’t exchange any foreign coins in your country. I put all of coins and bills to a clerk. He was smiling and calculate it spending his time then said “okay here you have Japanese yen but it is difficult to exchange every coins.” And added “Have a cup of coffee or something.” Then, I spent relaxing time and learned I didn’t need to use every coins.
だが、最近はコインを使う必要も少なくなってきた。職場の自動販売機もカードが併用できるようになっている。だから、先日、消費税増税にそなえて1円玉を生産したが思ったより流通しなかったという記事を読んで、さもありなんと独りごちた。
Today opportunity to use small coins seems to be less than ever. You can use a card even for automatic vending machines. Hence, I wasn’t unduly surprised by finding a news telling that the government of Japan increased the production of one-yen coins preparing for the new rate of consumption duty but coins didn’t go well in circulation.

オーストラリアやカナダでは、もはや1セント硬貨(ペニー)は流通していない。製造自体止めている。スーパーで買い物して端数が出ても、現金は切り上げか切り捨て。場合によっては寄付の選択肢も用意されている。調べたら、ペニーの生産コストが1セントより高いからとのもっともらしい説明を発見したが、お釣りの処理コストや面倒いった単純な理由もありそうだ。もちろん、少額でもカード決済が当たり前の社会インフラがあればこそでもある。廃止されたのは1セント硬貨であって、決済から無くなったわけではない。
In Australia and Canada, you can’t see any penny as daily use. It’s no production. When you need to treat fractions, you don’t need to take care but a store would offer you to make it round or donate.
A paper said one of the reasons to stop using one cent coins is that the production costs higher than a value of one cent. It sounds feasible but I don’t think it is a big reason. It could be the high operation cost of calculating and treating small coins compared to card payments. What was done away with was not a small payment but a penny.
最近は、日本でも1円玉を使わなくてもなんとかなるようになってきた。電車やバスはプリペイドカード、自動販売機どころかスーパーの買い物もカードが使える。ポイントで支払いといったことも日常的だ。1円玉が予想より流通しなかったというのも不思議ではない。
そう言えば、1円玉をなんとなく邪魔に感じることもある。財布が膨らむ割りには使う機会は少ない。少額コインが少しだけかわいそうな気がしてきた。
Today you don’t need to keep one-yen coins in your pocket if you have some cards also in Japan. Some prepaid cards can be used for taking a train or a bus. It’s easy to understand why one-yen coins didn’t go well in circulation. Poor coins.
知られたオーベルジュ(Auberge)でのディナーはフランス人にとっても特別な時間である。ミシュランの星が付いているとなればなおさら、気軽に夕食を済ますつもりで訪ねる場所ではない。工夫を凝らした料理を楽しむのはもちろん、オーナーとの会話や調度品、あるいは気持ちの良い中庭もまた食事の一部である。気取った日本のフレンチレストランよりは、支払う額はずっとリーズナブルだが、決して安くはない。特別な時間を過ごすに値する価格にはそれなりに理由がある。結婚記念日に若かった頃を思い出すのも、知人と新年を楽しく迎えるのも、その場所はそれに値する時を与えてくれる。
そんなディナーであっても、ネクタイとジャケットやロングドレスが必要な場所はほとんどない。他の客人に不快な印象を与えない程度に小綺麗な服であればよい。親しい間柄の誰かと過ごす時間を堅苦しくする必要などない筈、ただ、それに相応しいだけの装いであれば充分だ。
ディナーは8時過ぎから。もし、中庭での食前酒でも予約できたなら、少し早めに風を感じながらの雑談でもしながらテーブルが用意されるのを待つのも良い。席に案内されて配られたメニューを開きつつオーナーの挨拶に耳を傾け、今日はあいにく良い鴨肉が手に入らなかったから他にしてほしいなどと聞けば、かえって食事が楽しみとなる。デザートはどれもおすすめだけど、今日の苺は地元産だからひときわフレッシュですよとなれば、軽いシャーベットでも食べようという30分前の決心は撤回、たっぷりの苺のミルフィーユにせざるを得ない。そうやって特別な時間が始まり、ゆったりと過ぎて行く。そして、そのゆったりと過ごす時間がもうひとつの魅力でもある。弾む会話も、親しい間柄の優しい沈黙もその一部であり、馬車がかぼちゃに変わる頃、ようやく特別な時間は終わりを告げる。
ゆったりとした時間は、忙しいことに慣れきった人間に豊かなひとときを思い出させる一方で、時に苛立ちの感情をもひきおこす。勿体ぶった説明、なかなか現れない御目当ての皿、そもそも時間になっても現れない友人。約束の時間通りにディナーが始まるべきだなんて誰が決めたんだと言わんばかりの当たり前の遅刻は分かっていても、空腹をこらえて出てきた皿と格闘する気満々だから、もっと早く来いとでも言いたくなる。8時に予約したからねの意味は、8時過ぎくらいに行くからねであって、テーブルにつくのは8時半という程度でしかない。そんなものなのだ。7:58発の電車が30秒遅れたという時間スケールでは断じてない。
そして気がつくのだ。分刻みで動く必要がどこにあるのかと。仕事の打ち合わせが遅れるという話なら、人それぞれの価値観もあるだろう。忙しいのに自分の時間をどうしてくれるのかと不平を言う気持ちも分からないではない。でも、レストランで素晴らしい時間を過ごそうというのに分刻みの時間管理はいらない。
少々困るのは、時々仕事でもゆっくりしている場合である。フライトの搭乗時刻まであと30分だというのに手荷物検査場は長蛇の列。待っても待っても前に進まないなどといったことを度々経験する。いつだったか、もう間に合わないという時間になってやっと検査場が見えてきたと思ったら、案の定、検査ラインがひとつしか開いてなかったということがあった。担当者が何らかの理由で不在となり、たったひとつのチェックラインで数百人をこなしていたのだった。フランス流の時間にすっかり慣れていたから、チェックインもしてるし係官もいないのだから仕方ないなと割り切ったが、まず羽田や成田ではありそうもない。そのうち代わりの係官が到着してラインが動き出したが、その頃には搭乗時間はとっくに過ぎていた。一所懸命仕事してるし、人も足りないのだから仕方ないよねと言わんばかり。新らしく到着した係官とおしゃべりしながら淡々と検査が続く。コイン持ってない?ああそうだった、さっきのコーヒーでお釣りがあった。PCはバッグから出して。はいはい、分かってます。もちろん、列に並ぶ側もブツブツ文句は言っているが、これからの移動時間を思えば大差ないという雰囲気である。そうやって大幅に遅刻して搭乗ゲートに向かうと、聞きなれた日本語が耳に飛び込んで来た。
「お客様!定刻を過ぎております。お急ぎください。」
やれやれ。時間に追われた日本がパリまで迎えに来た。
We have always found that New Year’s Eve, with its eleventh-hour excesses and doomed resolutions, is a dismal occasion for all the forced jollity and midnight toasts and kisses. And so, when we heard that over the village of Lacoste, a few miles away, the proprietor of Le Simiane was offering a six-course lunch with pink champagne to his amiable clientele, it seemed like a much more cheerful way to start the next twelve months.
大晦日の夜となれば、最後の土壇場の大騒ぎと最早逃げられない誓いとで無理にでも陽気に振る舞い、深夜の乾杯とキスの憂鬱な時を過ごすのだといつも気付かされる。だから、ここから僅か数マイルのラコストの村にあるルシミアンのオーナーが懇意の顧客に6皿のコース料理とピンクシャンパンのランチを出すと聞いた時は、これからの12か月を始めるにはなんとも素敵な方法だと思ったのだった。(tagnoue訳)
ピーターメイルの南仏プロバンスの12か月はこんな一節から始まる。ゆったりと時の過ぎるどうという事のないフランス南部の田舎は、同時に誰もが一度は住みたくなる美しい田舎であり、実際に住むには少々面倒な田舎でもある。ラベンダー(lavande)の青、輝くオリーブオイル(huile d’olive)の香り、白く濁ったパスティス(pastis)の焼けるようなのどごし。魅力的な文化と愛すべき困った人たち。あとは、いつ行くか?それを決めるだけという気になってくる。
最近読んだ本
南仏プロヴァンスの12か月
ピーター・メイル 著、池 央耿 訳
Written only in Japanese two years ago.
このテクストは2013年1月に書かれました。
カナディアンロッキー観光の拠点、バンフまでは、カルガリー空港からグレイラインのバスで2時間ほどである。カルガリーを出てまもなく、すでに石油の掘削ポンプ以外ほとんど人工物を見なくなっていた風景は、さらにキャンモアの手前あたりまでくると、完全に期待する自然そのものとなる。トランスカナダハイウエイからバンフに曲がれば、賑やかな街にふと安心するほどである。
このハイウエイとバンフへの道が交差するそばに、かつて小さな空港があった。現在も緊急時は使えるという話も聞くが、元々単なる野原のような滑走路があっただけである。恐らくは、今では緊急時以外は使いたくないような状態に違いない。それでも20年ほど前は、少なくともある程度は整備されており、単発のプロペラ機が周囲の山をかすめながら、ゆらゆらと離発着するのを見ることが出来た。その意味では、いくら滑走路が整備されていても、当時でもあまり安心できる飛行場ではなかった可能性もある。何しろ周囲は写真で紹介されるような雄大な山々であり、はるかに銀色に輝く糸のような滝や静かにエメラルドの鏡となった湖を臨みながらの着陸である。谷間を駆け抜ける風が強まれば、いくら緑輝く夏であっても安心できそうにない。カルガリーの空港から100kmを少し超える程度だから30分もかからないだろうし、一度くらい観光で飛行機に乗ってみたかったような気もするが、自分で操縦出来たとしても降りるには勇気がいりそうである。
もちろん、飛行機を操縦したことなどないから、地上から見ての想像でしかない。だが、実は、何となく不安を感じるのにはもうひとつ別な理由がある。滑走路をエルクが歩いているのである。滑走路の周りに柵などないのだろう。プロペラ機がガタガタと地上を走っているというのに、エルクは悠々と横切って行く。着陸中にエルクが入ってきたらどうするのだろうか。皆目検討がつかない。エルクからすれば餌場を移動しているというのに、移動中にやかましい巨大な鳥が降りてくるのだから、どうしてくれるんだという気持ちは同じだろうが、彼らは恐らく人間の都合など理解していない。人間がエルクの都合を理解していないのとこれまた同じである。猫と自動車の関係みたいなものだろう。
日本に住む身からすればとても身近とは言えない飛行機が、それだけ特殊な自動車程度のものだという事なのかもしれない。
アメリカやカナダの整備された空港でも、双発のプロペラ機あたりに乗ると、バスと変わらないのではないかと感じることもしばしばである。通路を挟んで両側2列ともなると、スチュワーデスは危険がないかを確認するだけの保安員と割り切っているようで、ざっとシートベルトとドアを確認したらはい終わり。じゃ、飛びますよである。切符を見せろと言われないのが不思議なくらいで、バスとなんら変わらない。
乗り込む時には立派なブリッジを通ってさも空港でありますという顔をしていたのに、大仰にドアのロックをチェックしてゲートを離れたと思ったら、いきなり乗り合いバスの雰囲気というのもどうかと思う。だが、飛行機がバスと変わらない国では、それが当たり前ということのようだ。バスターミナルでもグレイラインあたりだと時々豪華なターミナルということもあるから、要は投資に見あった場所かどうかということだろう。
シアトルの時もそうだった。ゲートを定刻通り離れたプロペラ機は、急ぐでもないだろうに滑走路に向かって速度を上げる。地上で速度を上げるから、ガタガタ揺れて雑誌を読む気にもなれない。だいたいタキシングする飛行機なのに横Gがかかる。おいおいいい加減にしろと思った時だった。機体の揺れがふと収まったと思った瞬間には離陸していたのだった。ローリングテイクオフと言うそうである。管制官の離陸指示を待たずに飛んだとは思わないが、滑走路への進入指示と離陸指示との2段階が少なくともあると理解していたので、駐機場から加速していきなり離陸するのには驚かされた。聞くとことによると、準備出来次第離陸せよという指示があるそうで、滑走路の近くで指示があればすぐ離陸してしまうらしい。同じ時間に着陸がなければよくあることのようである。とは言え、ローリングテイクオフは、それでも好ましくないとされているとのことであるが。
中央の通路を挟んで両脇1列ともなると、バスらしさはさらに進み、何処かの旅館の送迎バスのようになってくる。アメリカ人にとっては日本人にとっての台湾くらいの距離感の身近なリゾート、バハマの島のひとつであるエルーセラからの帰りがそうだった。
バハマはカリブ海に浮かぶ島々からなる独立国家であり、かつて英国領で現在も連邦のひとつだから左側通行であるなど、すぐ隣のアメリカとは明白に別な国である。だが、実際にはUSドルとバハマドルは1:1の固定相場制であり、オフショア金融と観光が経済の中心であることから、アメリカ経済に大きく依存している。そのためかどうか、大型客船から別荘まで、多くのアメリカ人がそこに住み、バカンスを楽しみ、移動する。かくて飛行機はバスのようである。もちろん、金持ちはバスに乗らない。移動する時はヨットである。かの故ダイアナ妃も新婚旅行はヨットで過ごすエルーセラだったそうである。
微かにピンク色を帯びたエルーセラのビーチを楽しんだ帰りは、庶民は、それでも安いとは言えないプロペラ機で帰る。まるで大きめのバスターミナルのような屋根の下で疲れた身体を休め、到着した飛行機に向かうとパイロットは事も無げにこう言った。ダブルブッキングだから一人席がない。誰かco-pilotの席に座ってくれ。誰も手を挙げぬまま、結局そこに身を収めたのは自分だった。
双発の小さなプロペラ機である。座ってみるとすぐ前に操縦桿があり、何やら分からない計器類が迫ってくる。視線を落とせば適当に鉄の棒を曲げて作ったようなペダルが二つ。届かないなら気も休まるが、足を投げ出さずとも届く場所にある。再び前をみれば、普段は見慣れない滑走路が汚れたガラスの向こうにずっと広がっている。困ったことである。飛行機は苦手なのである。
しかもパイロットが追い打ちをかけてくる。いいか、目の前にあるものには絶対手を触れるな。絶対だ。Never, never! 両手のひらを計器類の前で広げ、左右にひらひらと振りながら繰り返し念を押す。絶対と言われると触りたくなる向きもあろうが、飛行機は苦手である。むしろ、絶対と言われて何と無く触れてしまわないかが心配になってくる。そうこうしている間に双発のエンジンが唸りをあげ、飛行機はどこまでも青く深い海と空との間に浮き上がっていた。なぜか操縦桿が勝手に動き、ペダルが揺れるように角度を変えるのが見たくなくても見えると、気持ちの上では万事休すだ。
高度を上げて水平になると、飛行機は案外退屈な乗り物である。変化するのは雲だけで、気持ちが次第に落ち着いてくる。ようやく周りを見回す余裕が出てきて、パイロットをチラリと見てみる。パイロットはなぜか前ではなく、一心にGPSと思しき装置にをにらめながら入力しては悪態をついている真最中だった。隣ではレーダーがくるくると雲の様子と思われる影を描き、GPSは何かしら抵抗をし続ける。パイロットも負けじと機械に何かを指示し続ける。また、良からぬ物を見てしまったようだった。
程なくパイロットは悪態をやめ、次第に前には大きな雲が近付いて来た。もちろん、雲が近付いたのではない。自分が雲に近付いている。ただ、自分の意思でないだけである。かくて、視界は白くなり、灰色となったのだった。前が見えないのはあまり気持ちの安らぐ事ではない。信号機も交差点もなくとも、車よりずっと速い速度で前に進んでいるにもかかわらず、目をつぶっているようなものである。嫌だなと思っていると、ガラスに雨粒が当たり出した。雨が激しくなると、実は雲で見えなくなったように感じたが、実際のところは見えていたのだと気がつく。激しい雨が当たるガラスは、ちょっとした高級曇りガラスのように透明なマスクを作り出す。
もうこれくらいにしてくれ。そう思ったあたりで飛行機は雲を抜けた。どうやらスコールを避けようと、パイロットはいろいろやっていたらしいと気がつく。そしてはるかに本島が見えてきた。あっという間である。微かに飛行場と思われる場所が見え、嵐の中を飛んだにもかかわらず、飛行機は真っ直ぐに滑走路に向かっていた。
青い海と珊瑚礁に囲まれ、滑走路が白く針のように輝く。飛行機は、どんどん近づいて行く。もうすぐ着陸である。ようやく地上に降りることができる。そして、ふと気付く。滑走路ってこんなに細いの?