A Part of Wordless Wednesday.
capturing in prose

The artist is the confidant of nature, flowers carry on dialogues with him through the graceful bending of their stems and the harmoniously tinted nuances of their blossoms. Every flower has a cordial word which nature directs towards him.
芸術家は自然の友であり、花はその茎の優美な曲線と調和のとれた絶妙な色合いで会話する。どんな花も直接心から語りかける言葉を持っているのだ。
Rodin
ロダン
It must be the right time to post another l.t.f. This is my second contribution to WPC:Tiny.
written only in Japanese
川崎の比較的新しい裏通りにその猫はいる。正確に言えば、猫の像がひっそりと置かれている。耳や背中は磨耗して金色に輝き、背景にはあまり手入れがされているとは言えない雑然とした植込み。丁寧に説明書きが添えられているが、立ち止まってそれを読む人はいそうにない。その猫がなんであるかに興味があるわけではない。その金色に磨かれた両耳だけが気になったのだ。
ヴェローナのジュリエット像であろうが、どこぞのなんとか地蔵であろうが、人は何かを信じてその無機質な塊に触れてきた。宗教的意味がある場合もあれば、永遠の愛を誓って繋ぐ南京錠のようなある種の願掛けみたいな場合もあるだろう。人が何かに触れて願う時に必ずしも奇跡はいらない。
川崎の猫にどんないわれがあるのか知らないが、見ている目の前でそれに触れて行く人がいるとなると、何か不思議な感覚におそわれる。耳が金色になった猫は、またも誰かの手で磨かれたのだ。恐らくは何かを求めてその耳に触れたに違いない。いや、そんな大袈裟なものでもなく、なんとなくラッキーな気分を得たいだけだったのかもしれない。ただ、自分には咀嚼しきれない何かが目前に現れた時、トゲでも飲み込んでしまった後のように妙な違和感が残されたのだった。

地球の裏側ではまだ万聖節だというのにハロウィンの夜を過ぎればクリスマスの飾りが現れる街は、こころなしか忙しい。そこに宗教的な世界観などもはやないのかもしれないが、もう少し静かな日を楽しみたい。