Off-line until Friday morning. Sorry for your inconvenience.
昨日から概ねオフラインになってます。金曜日には戻る見込みです。
capturing in prose
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Monochrome photo should have various brightness intensities evenly so that it can be a clearer image without any colors. In some cases, different colors may have similar brightness intensities, and then red petals might be hidden by green leaves.
However sometimes it makes me want to take monochrome pictures with poor condition just because it is simply interesting. Needless to say, it may create a lot of weird or odd pictures but that’s okay. Like it or not, digital cameras usually create full-color images and all I need to do is to convert images into monochrome when I need them.
Lens-Artists Photo Challenge #265: Black and White or Monochrome
(日本語訳)モノクロ写真は、色を持たない状態でより鮮明な画像にするために、さまざまな輝度を均等に持つ必要がある。場合によっては、異なる色が同じような輝度を持ち、そのため赤い花びらが緑の葉に隠れてしまうこともありえる。
とは言え、単純に面白いからという理由で、条件の悪いモノクロ写真を撮りたくなることもある。言うまでもなく、奇妙で変な写真がたくさん作成されるかもしれないが、問題ではない。好むと好まざるにかかわらず、デジタルカメラでは通常フルカラーの画像が作成され、必要なときに画像をモノクロに変換するだけなのだから。


When we live abroad or somewhere having different culture, you may face communication issue. Perhaps you may not sure if a fish you see in a market is what you like. It’s very similar to what you know in your hometown but it may have very different name. You may check it on your dictionary and find that it is surly same as what you want.
In case of colour, usually it should be simple like red, yellow, blue etc. However, not always. You are now at Shibuya, a very famous and crowded crossing in Tokyo, and you hear someone says “Oh, the signal is blue. Let’s go!”
Wait, wait, wait. What? Blue? What does it mean?
Sometimes blue means green, and green may be black in Japanese. Don’t worry. When you understand what they are talking about, it means you have already understood a part of culture. You would understand they were talking about ‘Green’ signal.
When I moved to France in the past, I was surprised that my colleagues sometimes said ‘Fuchsia’ in their presentation. It was not a new word for me but it was usually ‘Magenta’ for me and ‘Pink’ for some of Japanese. Fuchsia was a vey specific word indicating a colour of flowers. Still I got lost sometimes in English conversation when I heard the word Fuchsia.
OK, you may say the colour above picture is not magenta or it is not a part of primary colours. Yes and no. At least it is not an issue for me because I’m always confusing.
(日本語訳)
文化の異なる場所に住んでいると、コミュニケーションの問題に直面することがあります。市場で見かけた魚が自分の好みのものかどうかわからないかもしれません。あなたの故郷で知っているものに非常に似ていますが、名前はまるで違います。そこで辞書で調べてみて、自分が求めているものだと分かると言ったこともあるでしょう。
色の場合は、赤、黄、青などの単純なものが多いように見えますが、必ずしもそうとは限りません。あなたは、今、渋谷のスクランブル交差点にいます。そして誰かが「ああ、信号が青だ。行こう!」と話すのを聞きます。
待って、待って、待って。何だって?青?それはどういう意味?
日本語では、青が緑を意味する場合もあれば、緑が黒になる場合もあります。心配することはありません。彼らが話していることを理解できたということは、あなたがすでに文化の一部分を理解していることを意味します。彼らが「青」信号について話していることは理解できるでしょう。
以前、フランスに移住したとき、同僚がプレゼンテーションで時々「フクシア」と言うことに驚きました。それは新しい言葉ではありませんでしたが、私にとっては通常「マゼンタ」、あるいは一般的な日本語では「ピンク」でした。 フクシアは花の色を示す非常に特殊な言葉です。だから、会話中にフクシアという言葉を聞くと時々迷ってしまうことがありました。
その通り。上の写真の色はマゼンタではありませんし、あるいは原色の一部ではないかもしれません。少なくとも、私はいつも混乱しているので、それは問題ではないのです。

今週は少しスタイルを変えて、ニュース記事に短いコメントをしています。
災害のリスクがあっても職場への出勤が本当に必要か。
時間や勤務場所を変えることはできないのか。従業員の命を守ることは企業を守ること。
会社の経営者や上司の方は、改めて考えてほしいと思います。そして私たちの意識を変える必要もあります。危険な状況で仕事をしなくてすむ人を増やすには、災害時に一定程度、社会サービスが止まることを受け入れられるか、私たち自身も問われています。
「それでも出勤しなきゃダメですか?台風・大雨…出社の判断は」(NHK)
このような言葉でこのNHKの記事は結ばれています。記事のカテゴリーは気象です。
ようやくこんな記事がNHKにまで出てきたことに安堵した。
人の命に関わるエッセンシャルワーカーが、台風でも出勤せざるを得ない場合があるのは理解する。そのような場合の論点は、どうやって安全を確保するかである。
一方で、物流が止まると大変だとか、コンビニは24時間の生活を支えているとか、そんな風に考える必要はない。もちろん困る人もいるだろうが、その困る人のためにトラックドライバーの命を犠牲にして良いわけではない。ほとんど事故などないという反論もあるが、まったくの0ではないのだから、それは誰かは犠牲になっても良いと言っているのと同じである。
会社に対する忠誠心が試されるという話もあるそうだ。「明日は台風による交通機関の乱れが予想されます。出社時は十分に注意してください」なんて通達が出たりする。要は、「よほどのことがない限り工夫して出社せよ。安全喚起したのだから第一義的責任は従業員にあるからね。」と聞こえる文書である。会社の安全配慮義務はどこにいったのか。マスク着用と言ったコロナ下での各自のふるまいが要請でしかなかったのと同じ構図にも見える。そうしたどこか論理性を欠く習慣を止める素地はそろそろ出来てきたのではないか。
これがフランスだと、無理に出社して怪我したら会社の損失だし、家族が気になって仕事にならないだろうから休んでくれというのが普通だ。会社側の要請だから当然有給のみなし勤務としての休暇である。そう言うと従業員側の視点での会話になるが、要は、会社の臨時休業なのだから給与には無関係という事になる。ある日本企業で聞いた話では、働かなかったのだから給与から引かれるという妙な論理があるらしいが、欧州なら経営者の犯罪にならないかという議論の対象だろう。
大雪で道路が通れないなら来てくれるなというのが当たり前であるべきだ。災害のリスクがあるならテレワークにするなり、臨時休業にするなりして命を守り、もし不便な事があっても受け入れる体制を準備する社会に移行する時が来たのだ。
こちらは朝日新聞の記事です。
定められた年次有給休暇の日数に対し、実際に休んだ「取得率」がよく話題になります。日本は50%程度で世界的に低いと言われています。しかしフランスでは取得率という考えがそもそもありません。有休は取るのがあたりまえで、取得率は100%だからです。
「なぜ短い日本の夏休み 休めないのは「恥」のバカンス大国との違いは」(朝日新聞)
ここだけ切り取ると誤解を招くかもしれませんが、額面通り受け取って構いません。
日本に戻って新しい仕事を始めたら、同僚が揃って「フランスはいいなぁ、夏休みを三週間も取るんでしょう。働かないのに給料もらえるの?」と言う。
このフランス人からすると不思議な疑問は、フランスはカレンダー通りに働く国で、国が定める休日は日本よりずっと少ないと言う前提を考慮しない事からくる。日本の大手企業は独自のお盆休みや年末年始休みを持っている場合も多いし、公務員でも仕事納めや仕事始めがあって、フランスよりも10日から15日は多く休んでいる。フランス人が10日から15日程度の有給休暇をとった状況が日本の皆勤に近い。つまり、フランス人から見れば、普段頑張って働いているのだから、バカンスくらい欲しいとも言える。
有給休暇は会社が従業員に与えた休みであって、当然その休みを取るべき日に仕事をする(有給休暇を100%取得しない)なら、会社は割り増し給与を払わなければならない。従業員が休暇を取らないなら会社のペナルティである。フランスの有給休暇付与日数は一般的に25日であるが、ほぼ誰もがこの25日を休暇に割り当てる。勤務形態にもよるが、この25日のうちの15日を夏のバカンスに当てれば、週休5日として三週間の連続休暇となる。残りの二週はクリスマスやイースター休暇に使う。そのかわり、フランス人は案外何でもない休暇は取らずに働く人が多い。バカンスのために必死で働くなんて冗談で言うほどである。
そもそも上級管理職ほどしっかりバカンスをとるのもフランスらしい。休めなかったなんて言おうものなら、「相当つらい個人的な事情があったのね」と同情されるか、「能力ないやつ」と陰で言われるだけである。ここで、「私のサインが必要な重要な取引があって」なんて言ったらもう従業員はついてこない。そんな重要な事なら調整できる体制を整えて然るべきで、それも出来ないなら上司の能力がないか、会社が倒産寸前だと言っているようなものである。
そろそろ、内向きの会議のような生産性のない仕事をやめ、しっかり休んだ自慢をしても良いのではないか。

バーガーキングもマクドナルドも、ある意味昔ながらの食券販売となった。あのプラスチックでできたみたいな、いかにも安いですよと言わんばかりの入口を入った瞬間から、期待するのは安価に手っ取り早い食事を手にすることであって、それ以上のものはおまけでしかない。
勘違いしないでいただきたい。マクドナルドのハンバーガーが不味いと言っているわけではない。正直、値段なりの部分はあるにせよ、他より安い値段でそれなりのハンバーガーを食べることができる。言いたいのは、美味しいハンバーガーを食べられそうとか、きっと落ち着いてゆっくりと楽しい食事が出来そうとか、そんな期待をして店舗に入るのではなく、「安くて手っ取り早い食事」を期待するのだ。
その昔、学生街や港湾などには、食券販売形式の「食堂」があった。過去形で書いてはいるが、決してなくなったわけではなく、徐々にタッチパネルの注文やトレーの検知による自動精算に切り替わってきただけだ。利用者は、まず、入り口に置いてある食券販売機で食べたいものを選ぶ。大抵は定食Aか定食B、ラーメン、カレーなどと言った類である。選んでお金を入れると下にある小さな小窓から厚紙に印刷された食券が出てきて、それを持って窓口に行くと食券と引き換えに食事を受け取れる。時間がかからないものばかりだから、食券を出した場所で少し待つだけで良い。人件費をカットしているから安いし、待つ時間も極めて短い。食券はそうしたメリットを実現するための仕組みの一部というわけだ。
マクドナルドのタッチパネルでハンバーガーを注文し、カウンターでそれを受け取る仕組みは、そうした食券システムとさして違わない。処理は事務的になり、目を見て会話する理由はほとんどない。コミュニケーションが苦手な人には良い仕組みだろうし、コストも安いだろうが、もはやレストランではないと感じる人も少なからずいるだろう。「おはようございます。今日は暑いですね。」なんて会話はもうない。それが例え社交辞令であったとしてもである。
先日、仕事の合間にセルフオーダー・レストランのタッチパネルの反応が鈍いという話題になった。年寄りには優しくないという。その話を切り出したのは定年をとっくに迎えた人だったから、てっきり操作が難しいという愚痴かと思ったら、指先の湿り具合によるのだと言う。そんな筈はないだろうと思いつつ、議論に加わった。いや、そもそもタッチパネルのセルフオーダー店には行かないと。サービスのないレストランならコンビニと同じではないか。そう言った瞬間に会話は唐突に終わったのだった。
ずいぶん昔のことだが、夜中に急に小腹がすいて、旅先のホテル近くの洒落たマクドナルドに行ったことがある。レストランに行くには遅い時間だったし、深夜営業のスーパーも近くにはなかったから、マクドナルドは良いアイデアだと思ったのだ。案の定、夜中にマクドナルドで食事をしたい輩がさほど多いわけもなく、数組がコーラを飲みながら駄話をしているだけだった。「こんばんは」とぶっきらぼうな挨拶をして、ビッグマックだったかとコーラを注文する。店員も面倒だろうと思ったが、まぁ、仕事である。
「ビッグマックとコーラね。ちょっと、待てる?」
思いがけない笑顔で店員はこう続けた。
「お客もいないから、これから作るんだけど、ちょっとだけ時間かかると思う。」
なるほど、そりゃそうだ。客もいないし、注文カウンターもひとつだけだ。ハンバーガーなんて簡単そうだが、段取りもあるだろう。
「こんな時間だから急いじゃいないよ。ここで待つよ。」
「OK、ありがとう。朝までは待たせないから。」
そう言って、奥からコーラを入れたカップを持ってきた店員はこう続けた。
「どっから来たの?旅行?コーラは私の奢り。これ飲んで待ってて。」
南ドイツの事である。その後、他に誰も客が来ない事もあって、しばらく日本の話をして過ごしたのだった。
食券販売形式だって会話がないわけじゃない。学生食堂で定食を受取りながら、ひとことふたことの会話だってある。でも、タッチパネルのセルフオーダーの寿司屋さんなんて、会計の事務処理以外に会話する機会もない。だから、セルフオーダー店には好んで行かないのだ。
ただ、職場での話題に話を戻せば、そんな自分事は話題にすべきではない。そう後で思い当たった。自分はこう思う、自分はこうしたい、といった自己主張を嫌う文化をすっかり忘れていたのだった。タッチパネルオーダーのレストランの操作が難しいよねという話題には、そんなレストランに行くのが当たり前という前提があって、その操作の話をしているのであって、セルフオーダーの良し悪しではない。単に操作が難しいよねと同意を求められたのだ。そもそもレストランで店員さんや料理人さんなどと話をすることは、日本ではあまりないではないか。そうした文化なのだ。会話のないレストランの会話はなかなか難しいものだった。
この記事は、仕事上の会話での同調圧力のようなものについて書き始めたものを改変したものです。途中まで書いて、文化の比較というよりは結論のない愚痴のようになっていることに気づき、執筆をやめました。文章に違和感を感じる部分があるかもしれませんが、ご理解ください。
また、写真は本文とは無関係です。敢えて言うなら、会話の多いレストランの典型であるフランスの写真を使いました。フランスのレストランは、何度か行って知り合いになると、「元気だった?」「今日は何が食べたい?」「いいワインがあるよ。」「食事楽しんでる?」といった会話が続きます。それはそれで、少々面倒なこともあるかもしれません。