
Rather than thinking about whether it’s edible or not, I’m surprised why it suddenly appeared there.
それが食べられるかどうかということよりも、どうして急に現れたのかということに驚いている。
A Part of Mostly Monochrome Monday
capturing in prose

I was traveling at north of Japan just for refreshing and recharging last week. It was a kind of late summer vacation. When I go somewhere far from my town, usually a camera and some lenses are necessary things for me but I didn’t take them except small one. The travel was not for sightseeing but for spending relaxing time with my partner in a historical city with thinking of its prosperity. Honestly saying, a blue sky was rather recharging than abandoned railways, and exactly saying, a food festival made me relaxing.
Lens-Artists Photo Challenge #267: Recharge

(日本語超訳)先週、リフレッシュと充電のために北日本を旅行していました。これについては、日本語でまた取り上げようかと思います。なんだか遅めの夏休みみたいなものでした。 遠くに行くときは、たいていカメラとレンズを複数持っていきますが、今回は小さいもひとつだけにしました。この旅は歴史ある街でその繁栄に思いを馳せながら、ゆっくりとした時間を過ごすためのものでしたが、正直言って廃線よりも青空の方に元気をもらえたし、まさにお祭りで癒されました。


最近は、徐々にSNSやらBlogやらの上に知り合いもいなくなって、更新を続けることがつぶやくことに等しくなってきた。インタラクションが少しだけあった頃は「会話」のようなものもあったが、ツボに向かって話しかけるような今は、自分に向き合う修行みたいになってきた。今のところ、それで良いのかなというのが結論で、生きてる証のような大袈裟な感覚の小さな破片がポトリと落ちた先がここなのだろう。
日本はまだ高温多湿の盛夏が続いているが、北海道には少しだけ秋の風が入ってきたし、日中の光も家の中に届き始めた。ようやく終わりが見えてきたと思えるようになって、夏の花が秋の花に見えてきたのは、少しだけ人間の傲慢さによるのかもしれない。少し傲慢だから、人間らしく生きていけるのだ。