Cross Cultural, Photo

Floral Friday #183


 この涼しげな場所は、数年前の今頃のブルターニュ。夕刻6時頃になれば、30度近くにも達するからカフェは木陰でビールを飲むお客でいっぱいになる。半分はバカンス客、半分は早いバカンスから仕事に戻った地元の人だが、リゾート地でもない地方都市だとカフェもバカンスで閉まったりするので、混雑は避けられない。

 暑くて家になんていられないよという知人は、ちょうど遅めのバカンスに出かけたところで、今頃どこにいることやら。律儀に暑くて混雑するお盆休みを過ごす日本人には、ちょっと羨ましい。やれやれ、明日から平常モードだ。

Bonne journée, Cross Cultural

夏の境界

踏みつけられた玉砂利がコクっと不平を言う夏、
僅かに外側に捩れた踵に痛みを感じる昼下がり、
固く閉ざされたパン屋の頑なな扉を無意に押す。
マロニエの実が成るにはまだ遠い乾いた晩夏と、
ラベンダーの青が鼻腔に染みて光転げる初夏と、
その狭間に落ちた夏休みの静けさに溜息を吐く。

青の深淵で沈黙する溶鉱炉から金属の熱を吐く、
蟻よりも甘苦い汁がシミを残すことなく乾く夏。
誰もがソワソワと終わりない仕事を睨む初夏と、
不用意に出来た踵の傷の赤い線を摩る昼下がり。
誰ひとり返事をしないメールを選分ける晩夏と、
他人事になった秋を思い溜息を吐く明日を押す。

セスティーナ(sestina)を書くには少々準備不足というものだが、書きかけの作品の習作とするならば理解してもらえるだろうか。
夏のブルターニュは朝の最低気温が20度、夕方の最高気温が28度というところだが、湿度が低いためカラッとした暑さで爽やかである。時々スペインからの熱波が到達して35度くらいまで上がることもないことはないが、それも数日。朝はしっかり気温が下がるので、冷房はほとんどいらない。乾いている分だけ日差しは強い。日本の夏のような真上から熱せられる溶鉱炉のような暑さはないが、さして強くもない日差しに油断すると紫外線で目も腕も痛むことになる。
そんな夏を楽しもうと思っても、リゾートでもない普通の都市部は閑散としている。パン屋も店を閉めてバカンスに行ってしまうし、街のイベントも旧市街で観光客向けのものが少しある程度なので、街中でやることもない。バカンスの時期は、夏の境界線上にある谷間にストンと落ちてしまったようだ。日本とブルターニュの間で仕事をしていると、なんとも溜息が出る動けない時期である。

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #182


 今年の夏はいつになく暑くて、お盆前だというのに既に夏バテしているのだが、どういうわけか夏らしい空を見ていない。青い空に白い雲などという絵に描いたような空は案外少ないものだが、それでもスコーンと晴れた青空に黙々と積雲が湧き上がっていくのを見ない年はない。ところが今年は高い位置に巻雲があっても、積雲も羊雲もない。
 もちろんそんな筈はない。北関東は連日雷雨だし、東京に住む同僚は、帰宅時に豪雨で酷い目にあったなんて会話をしているのだから、その上には積乱雲があったに違いない。なぜか自分のいる場所に積乱雲が発生していないということなのだろう。
 幸運といえば幸運である。この2年ほど、雷雨らしい雷雨を経験していないのだ。夜になって遠くの空が少し光ったとか、オヤと思って窓の外を眺めたら遠い雷鳴が微かに聞こえたとか、その程度である。周囲はしっかり降っているし、道が冠水して危なかったなんて会話もあるから、自分の場所だけが何も起こっていない。
 そうなると案外寂しいものである。少しは夏っぽい積乱雲も見てみたい。