A Part of Wordless Wednesday
Tag: postaday
Mostly Monochrome Monday #422

There is something aesthetic about dead leaves,
and just because they are dead doesn’t mean they have lost their color.
枯れ葉には枯れ葉の美学のようなものがあって、
枯れ葉だからといって、必ずしも色を失うわけではない。
A Part of Mostly Monochrome Monday

(Floral) Friday Fragments #241

白い花はどうやらニラだと分かっている。ただ、植えられたニラではないので、どう言った経緯でそこにあるのかは分からない。坂がちの横浜の市道の階段にこぼれて育つニラは、抜いても抜いても毎年咲き続ける。ネギの仲間だから葱坊主のような丸い花だが、案外観賞用としても美しい。若芽をとって食べても良いのかもしれないが、何しろ路傍の雑草。そう考えただけで試す気にはなれない。飼われている牛を見て食べたいと思わないのと同じなのか、違うのか。なんだか色々疑問の湧く秋ではある。
その周りにあるのは、まだ花が咲いていないが、萩だろうと思う。こちらは隣家からはみ出てきたもので、間違いなく植えられたものである。この原稿は実際に投稿するより前に下書きしている状態だから、きっと投稿する頃には咲いているのだろう。投稿時にこの文章を修正する気にもならないだろうし、書き換える時間もなさそうだから、それを分かってそのままにしておく。きっと今頃は紫色の花がいくつか咲いているはずだ。咲いた花を見て萩じゃなかったら、投稿をやめるかもしれないけれど。
この写真のフレームの外、右上には葛が咲いている。こちらも紫のようなピンクのような秋らしい色である。もちろん葛も植えられたものではない。北米の南部ではトレリスなどに使われたものが広がり、危険な外来種に指定されているらしいが、日本だと秋にすっかり枯れることになっている。現実的なことを言えば、最近の暖冬のせいか、枯れかかったまま冬を過ごし、春にどんどん大きくなる葛が多い。根っこが残っていれば再び初夏には週に1mもの速度で成長するから、どんどん広がる。週速1メートルは時速6ミリ。半端じゃない。
まあ、そんなわけで、秋である。
Wordless Wednesday
Mostly Monochrome Monday #421

It is actually a natural way of the world that the smaller something is, the darker and deeper it is, and the larger it is, the more obscure it is.
小さければ小さいほどにより黒く深く、大きければ大きいほどにより曖昧になるのは、案外世界の道理というものだ。
A Part of Mostly Monochrome Monday

