Bonne journée

7j/7ウラシマの500円

コートのポケットの中に冷え切った両手を無造作につっこみ、グルグル巻きにした夏色のマフラーの中で首をすくめながら、バイクの甲高いエンジン音が響くカサカサした街中を歩いていた。しばらく忘れていた無数の引っかき傷のような乾燥した空気が、マフラーの隙間を通り過ぎていた。古くさいプリウスがノロノロと行く向こう側には365日と書かれた派手な看板。終わりのない感染の2文字の反対側で、「無休」よりもどこかリアリティがあった。

この365という表記はありふれているが、案外欧州では見ない。使わないわけではないが、週7日の方がよく見るような気がする。フランスだったら « 7j/7 » 表記することも多い。一方で、日本で「週7日」はほとんど見ない。フランスで何日だっけと聞いて、曜日が返ってくるのは習慣の違いいうわけだ。

乾燥した風に冷たい空気を感じるか、熱い空気を感じるかは、どこに住んでいるかの違いであって、ブルターニュで「今日は湿気があって良かったね」なんて真冬に挨拶しても何も伝わらない。それは、マスクをしているのがどこかおかしいと感じるか否かとさして変わらない理屈なのだ。いつもどこかそうやって小さな違和感の中で過ごしている。

その違和感が、住む場所の違いのせいなのか、日本を離れている間に起きた様々な変化のせいなのか、単に自分が変わったのかはわからない。わからない方が良いのだろう。分かったところで違和感がなくなるわけじゃない。ウラシマタロウとはそんなことなのだ。
もう現金など使うことなどなくなって久しい。支払いはほとんどデビットカードで済ませてきた。パーキングメーターで1ユーロを払うのもカードだったから、現金といえばわずかにある自動販売機くらいしか使わない。そもそも自動販売機がほとんど見当たらないから、その支払いの機会もほとんどないのだが。

ウラシマ気分で過ごしながら、日本の自動販売機でコインを出そうとして、かなりの機械がカードに対応していることに気がついた。現金の国と言われながら、今やカードだけでも結構問題なく過ごせるのだった。残念ながら職場に一番近い自動販売機は現金のみだったが、現金が必要なのはそこだけである。まぁ、そう遠くない場所にある安売り花屋さんも現金だけだったが、例外だろう。
職場近くの自動販売機は仕方ない。ポケットに小額の現金を持てば済む話しである。そんなことより、どこにだって自動販売機があって、いつでもひと休みできるなんて、なんと恵まれたことか。すぐそこに自動販売機、ちょっと先にコンビニ、もう少し行けばカフェ。好きに選んでくれと言わんばかりではないか。

ただ、先日、ちょっとした問題があった。自動販売機におそらくその件の花屋でもらったお釣りの500円硬貨を入れたら、受け付けないのだ。だいぶ前のことだが、ちょっと古い500円硬貨を入れたら返却口に返され、何度か入れ直したら受け付けられたことがあったから、同じ問題だろうと思ったが、何度やってもだめである。500円硬貨は偽造の元が取れるから狙われやすく、偽造コインに対策するため選別機が厳しいと聞いたこともあった。やれやれ。仕方ない。

幸いにもそこから階段を上がって少し行ったところにも自動販売機がある。ここは便利な日本なのである。ちょうど良い運動ではないか。少し歩いて飲み物を飲んでリフレッシュしよう。だが、そう思って行った自動販売機でも、500円硬貨は虚しく返却されたのだった。何度やっても同じである。さすがにこれは変である。偽500円をつかまされたのか。
どちらの自動販売機も表からは見えない隠れた場所にあるので明るい場所にはないが、使えない500円硬貨を手にしてよく眺めてみた。すると変なのである。どことなくデザインが違い、色合いも少し黄色みが勝っているような気がする。コインを立ててみると、側面にあるギザギザもちょっと粗い。確かに十円玉をお金をかけて偽造したって儲からないが、500円なら元がとれるという事なのかもしれない。

とりあえず部屋に戻って調べてみよう、そう思ってデスクに戻り、怪しい500円硬貨を明るい場所でじっくりと眺めてみた。するとなかなか出来が良いのである。異なる材質の組み合わせはまるで2ユーロ効果の様だし、模様が極めて繊細に描かれている。おや?と思ってGoogleで500円硬貨を検索してみることにした。すると答えは案外すぐに見つかった。なんと2021年に新硬貨が発行されていたというのだ。自動販売機はまだ新硬貨に対応していない場合が多く、そもそも新硬貨はさほど流通していないという。誰も教えてくれなかったではないかと思ったが、そんなことを教えてくれるおせっかいなどいるわけもない。ウラシマタロウとはこのことだ。

全国旅行支援で広島に行って美味しいものを食べてきたなんて聞いたから、経済を支えるために個人が行動するなんてすごいねと思えば、それで何万円だか得したと言うし、すっかり何のことだかわからなくなっている。500円硬貨が新しくなったことを知らない程度なら、なんてことはない。
多分。
やれやれ。

Photo

Fragmented Friday #3


日の入りが一年で一番早い冬の初めに、黄色くなった葉にあたる光に暖かさを感じるのは、春が恋しいからなのかなと思う。毎日が曇り空の大陸の西から、毎日が穏やかな晴れの東の果ての島国に戻ってきて、足りないのは案外田舎の光なのだと気がついた。高層ビルの閉ざされた空間で、遠くコンクリートに反射する光をいくら眺めても暖かさは感じられない。

Bonne journée

Information

As some of you have already been noticed, we have stopped sharing post links on Twitter. This is not an interim decision. Sorry for your inconvenience.

すでにお気づきの方もいらっしゃると思いますが、少し前からTwitter でのリンクの共有を停止しています。 ご理解をお願いいたします。

Photo

Fragmented Friday #2


横浜の港を眺めながら、どこか遠い港を思い浮かべる。たった一度予定もしていないのに偶然立ち寄ったトリエステだったり、賑やかに船と飛行機が行き交うのが楽しいバンクーバーだったり、遠すぎてかえって大戦の傷跡を想像してしまったサン=ナゼールだったり。ただ、どの港も大きすぎてどこか他人事のようなのは、子供の頃に海が遠かったせいなのかもしれない。

セカイの断片などといった大袈裟なことを言葉にするつもりもありませんが、小さな日常の片隅にある風景もセカイの一部としてどこか繋がりあっているもので、それが断片というものの定義でもあるのかなと。だからFragmentedです。