Art, Bonne journée

Jazz


 クラシック音楽は歴史として記録されるアートである。ミケランジェロの彫刻がギリシャ芸術の復刻であろうと素晴らしく、ミケランジェロの彫刻の精巧なコピーがこの現代に飾られていても美しい事に変わりがないように、グレングールドの弾くAACで記録されたバッハのゴールドベルク変奏曲を通勤電車の喧騒の中で聴いたとしても、歴史に刻まれたアートは普遍の価値を持つ。

 ジャズはライフスタイルである。それがブルースやラグタイムに期限を持とうとその拡大期に大衆音楽として完成したものであろうと、ひとたび生活の場にその音楽が漏れ出せば、軽快で自由闊達な空気が周囲を包み込む。

 ポップスはエンターテイメントである。人は街角に今流れるポップスに時代の空気を感じながら、嫌なことも楽しいことも思い出す。そうやって咀嚼し切れない一日の出来事は昨日の記憶へと昇華する。エンターテイメントとして消費され続けるからこそポップスは記憶に刻み込まれる。

 ロックは生き様である。ロックが流れていようといまいと、自分のスタイルを貫けばロックは成立する。ただ、自分を貫くことは容易ではない。容易でないから生き様になるのだ。

 若い頃はロックに憧れたりもしたが、今はもうジャズばかりを聴いている。ラップには音楽を感じられないし、 K-POPもJ-POPも時に雑音にしか聞こえないことすらある。きっとそれは、歳をとってきたということなのだろう。自由が容易に得られるものではないと知り、日々の機微をいなす法を覚えた今、ジャズあたりが落ち着くということなのだとふと思ったのだった。

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #156


 先週のいつだったかにどこかのSNSにポストした写真だったが、そのタイミングでBlogにはポストできなかったので、こちらにもアップすることにした。
 なんだか今年に入って忙しすぎて、色々なスケジュールが思ったほど管理しきれていないようなのだ。仕事が忙しいなら対処の仕方も知っているつもりだが、プライベートも含めてあまりに多種多様すぎると単純な解決法は通用しない。困ったものである。暇より忙しい方が良いと思っているが(やることがあるのにやらない暇は歓迎)、限度というものがある。
 ということで、今週は手短に。