Cross Cultural, Photo

Floral Friday #155


「ドローボした花植えてうれしいですか」

 花盗人に罪はないとか、花泥棒を窃盗のように裁くなとか、花を盗むことに関する言い方はあるが、この立札は切実である。まるで詩にでもしたようなドローボという誤字の音の響きにすら、ある日異変に気がついた時の困惑した様子も、せっかく植えた花が無くなってしまった悲しさも、ひとまとめに書き込まれているように感じる。盗人には役に立たないロープの向こうでは、新しく植えられた花がフレッシュな輝きを発してはいるが、どこかで寒々としているように感じなくもない。

 花盗人が恋の話ならまだしも、実際にある花を盗むなら、それが犯罪に類することであるのは間違いない。野に咲く花が美しいからひとつ摘んで持ち帰ったとか、垣根の向こう側から道に出ている小枝に咲く花がいい香りを放つからつい手折ったとか、そんなことであれば、犯罪というよりも倫理の話であって、窃盗として裁くべきかどうかは議論が難しい。法は小さな罪を厳格に裁くようには作られていない。手が届くところにある花をつい取ってしまうことまでを必ずしも裁かない。
 それでも、公園に植えた花を抜き取って持ち帰れば、それはどこかで心に冷たく感じる行為であることに異論はないだろう。だからこの立札は寂しく主張するのだ。誤字も含めて、願いを伝えようとするのだ。

Bonne journée, Photo

faveur, favor


«Comment est-ce que je fait pour aller la ba?»
«Oh, il faut que vous vous reposerez un peu.»
«Alors, je peux te demander une faveur?»
«Non.»

“How do I get over there?”
“Oh, you need to rest a little.”
“So, can I ask you a favor?”
“No.”

「どうやったらあそこまで行けるの?」
「ああ、少し休んだほうがいいですよ。」
「じゃあ、お願いしてもいい?」
「だめ。」

Il est étonnamment difficile de prendre des congés. Les causes résident à la fois dans l’environnement et en moi-mêmes.
It’s surprisingly difficult to take time off. The causes lie both in the environment and within myself.
案外休みは取りにくい。その原因は、環境にも自分にもある。

Above photo was taken in France and obviously nobody would care where it is.
上の写真はフランスで撮ったものだが、誰もそれがどこかなんて気にしないだろう。

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #154


 寒さの底となる時期であっても、陽射しさえあれば暖かい。降り注ぐ光に目を細め、間も無くやってくる春の暖かさを思う。柔らかな色にあふれ、土の匂いがし始める季節まで、あとひと月。それまではそんな時期を想像しながら過ごすのが案外幸せというものかもしれない。
 歯科にクリーニングに行ってみればもしかしたら治療が必要かもと言われ、きっと返事があるだろうと思って出したメールには何の返事もなく、ようやく週末だから日差しを浴びようと思えば雨模様。そんなふうに思い通りに行かないことを数えることに慣れてしまうと、折角の束の間の眩しい光の恩恵にも気付けない。だから野暮用で運転しなければならない300kmは、途中にお楽しみの買い物を加えて楽しく過ごそうなんて考えた。
 さあ、光満ち溢れる春がそこまで来ていますよ。