A Part of Wordless Wednesday
Category: Photo
Mostly Monochrome Monday #370, and LAPC #314
When summer comes to an end, I feel like going out and looking for summer, not because I love summer, but because I feel relieved that summer is coming to an end.
夏が終わろうとすると夏を探しに行きたくなるのは、夏が好きだからではなく、夏が終わろうとしていることにホッとしているから。
A Part of Mostly Monochrome Monday
and
Floral Friday #185

先日、外出先でお昼ご飯を食べようとレストランを探したところ、近くにひまわり畑がある道の駅を発見し、混雑しているかなと思いながら立ち寄った。何も知らなかったが人気の道の駅である上に、そのひまわり畑は最終日ということもあって、お昼ご飯を食べるどころか駐車上に入ることもできず、そそくさとその場を後にした。確かに見事なひまわり畑で、当日の何時からかはわからないが、持って帰っても良い日だったそうである。背丈よりも大きなひまわりは、夏の強烈な光を浴びて輝いていて、確かに一目見るだけでも価値があると思わせるものだった。
この写真は、当然ながら、その時のものではない。何しろ車を止める余裕もなかったのだから、写真も撮りようもない。ただ遠くから眺めただけだったし、お昼ご飯はそれから1時間半後になってしまったほどだ。田舎の狭い道で、Uターンすることさえ出来ない状況で、遠回りをして別な場所に移動した。
しばらくしてふと考えた。こんなに混雑しているひまわり畑で見るひまわりと、ゴッホがアルルで見たひまわりは、それでも同じなのだろうかと。ひょっとしたらアルルのひまわりは違って見えたのではないかと。いくら考えたところで結論は出ないのだが、フランスのひまわり畑も同じように一面に広がるものだった。畑なのだから、効率的にタネを取れるように作られているに違いない。ゴッホが見たなんて書くとたいそうなもののようだが、むしろ畑という人の営みが作り出すものという点では、何も変わらないに違いない。きっとアルルに行ってみても、ゴッホが何を見たのかはわからないだろうな。そう思うのである。
Wordless Wednesday
Mostly Monochrome Monday #369
It depends on the person whether you would be happier eating the blueberries without having to think about which ones look tasty, or if a bird had eaten them while you were still thinking about it.
どれがおいしそうか考えずにブルーベリーを食べたほうが幸せか、それともおいしそうかどうかを考えている間に鳥に食べられてしまったほうが幸せかはその人による。
A Part of Mostly Monochrome Monday



