Bonne journée, Cross Cultural

DST


 兎角、人の考えは論理より感情を優先するものである。そう感じたのは昨年の初夏のこと。サマータイム(夏時間)の是非について、知人がかなり否定的にまくしたてたのを聞いた時である。
 ヨーロッパでは、広くサマータイム(普通は、Daylight Saving Time = DSTと言うことのほうが多いように思う)が使われてきたが、あまり効果がないということで、ヨーロッパ政府が廃止を勧告したのは、今から数年前のことである。元々は夏の長い昼間の時間を使って、明るい夜の時間も別なことに使おうとか、エネルギーを減らそうとか、そんな意義があったが、今では時代に合っていないと言うのがきっかけだった。確かに、白熱灯だった夜の灯りはLEDに置き換えられ、消費電力は格段に下がったに違いない。
 とはいえ、議論の様子を見ていると実際にはエネルギーの話は建前であって、早起きが嫌だというのがあちこちから聞こえてきたことも事実である。欧州政府もどこかに頼んで調査を行い、サマータイムが人間の睡眠に与える影響があるという話をしていたこともあった。この政府調査と言っているのは案外怪しくて、どこかに頼んで調査しているらしいことはわかるが、本気で調査しているのかどうかはよく分からない。ちゃんと影響調査して政策を考えているあたり、欧州も真面目だなとは思うが、コロナでロックダウンした時に性交渉の頻度への影響を調査したってあたりが少々怪しさを感じる部分でもある。将来を不安に感じて頻度が低下し、出生率が下がるのではないか(欧州は日本とは比較にならないくらいに人口動向を心配している)、いや、外出もままならないから頻度が増えて出生率が上がるのではないか、そんな議論があったらしいが、アホらしいので結果は知らない。

 冒頭に書いたサマータイムに否定的な、しかも感情的な議論とは、こうである。
「あんなもの、毎日早起きしてたらそれでなくても夏バテするのに不健康に決まっている。サマータイムは導入すべきじゃないし、導入されたら夏の間はテレワークしかない!」
おいおい、ちょっと待て。冬時間から夏時間に切り替わる日だけ睡眠時間が1時間短くなるが、時計をずらすのだから翌日からは夜の時間も同じだし、起きる時間も同じだろう。そう説明したところで納得しない。
「そんなことはわかってる。毎日1時間早く寝ろってことだろう。早く寝られるものなら寝てみろ。自分は夜遅くまでTV見たりしてゆっくりしたいんだ。」
いや、時計をずらすんだ。夜の12時は、夏時間だって12時だ。無意味な説明である。気持ちが早起きは嫌だとなっている。ここで、秋を考えろなんて言っても無駄である。秋にサマータイムが終了する時、その日だけは夜が長くなる。そんな説明しても、ずっと早起きしていたんだから1日くらい夜が長くたって回復するわけがない。なんて、もはや宗教論である。

 そんなわけで、以前にサマータイムを説明するためにキャプチャした天気予報を冒頭に置いてみた。深夜2時が2回あるのはバグではない。欧州の夏時間への切り替えは、3月の最終日曜日の午前2時。中央時であれば、日本との時差は8時間から7時間に短縮される。

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Floral Friday #214


ハクモクレンが雨に濡れている。普段は焦茶色にくすんだ枝も、雨に現れて赤く輝き、降り頻る雨が飛び回る小さな虫のように春をつげる。落ちたがらない雨粒はようやくその赤い枝にしがみつき、煙った空気の向こうで自由奔放な紅梅が雨を楽しむ。ホッとする春がある。

The white magnolia tree is wet with rain. Its branches, usually a dull dark brown, shine red by washing out in the rain, and the drizzling rain heralds spring like little bugs flying around. The raindrops that don’t want to fall finally cling to the red branches, and on the other side of the foggy air, the free-spirited red plum blossoms enjoy the rain. That’s the spring that makes you feel relieved.

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Floral Friday #213


 ブルビネラという名前だそうだ。フラワーアレンジなどに使われるらしいが、これまで花屋さんでは気がついたことがなかった。調べたら真っ先にニュージーランド原産と出てきたが、それは同じ種の仲間の話で、どうやらこちらは南アフリカ原産。この写真は南房総で撮ったもので、やっぱりあのあたりは温暖なのだろうなんて考えていたら、寒さには強いのだと書いてあった。ひとつ勉強になったななんて思いつつも、一方で、きっと忘れてしまうんだろうなとも思う。ただ、ちょっとだけ期待が持てるのは、別名の方である。African Cat’s Tail、猫のしっぽ。こちらは覚えていられそうである。

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Floral Friday #212


 今日のポストは完全に予約投稿であって、このテキストを書いているのは実のところ6日も前の3月8日だったりする。写真はさらに一週間前なので、本当の時間は自分でもよくわからない感じになっている。予定がたくさんあるのは良いことなのだが、皺寄せも大きいので、「やることないから本でも読もうかな」なんて考えるくらいがちょうど良い。もう、積読が多すぎて本を買う気も起きない訳で、現代社会は忙しすぎるんじゃないかなんて、過去も知らずに言いたくなる。
 先日、フランス在住のフランス人と昔話をしていたら、しみじみと夏の湿気が懐かしいと言う。前の仕事がひと段落して今は一緒に仕事をすることも無くなったが、そのフランス人が言うには、あの頃は良い時代だったのだそうだ。曰く、
 雨が降り続く長い冬を抜けてようやく天候が回復してきた4月から5月にお前がフランスに来て、一週間もかけて議論を重ね、その議論に従って翌年までの計画を検討し、7月の頭に俺が東京に行って計画を確定させる。そうやって前に進めてきたから、抜けるような青空の冬の東京も、梅や桜が咲く春の風景も、赤く染まる秋の紅葉も知らない。記憶に残っているのは、馬鹿みたいに高温多湿の暗い「梅雨」だけだ。「梅雨」という単語も覚えたし、「梅雨」のクレイジーな蒸し暑さも、次に進めるというシグナルだった。だから、ホテルに戻ってシャワーを浴びても一向にさっぱりしないベトベトした梅雨が懐かしいと。
 はい、すみません。思わず謝りたくなる日程だったと思い出して、梅も桜も見たことないの?と確認する言葉を思わず飲み込んだ。フランスにだってアーモンドやプラムの木もたくさんあるし、桜並木もない訳じゃない。それでもたまには日程を変えてもよかったかななんて今更思っている。