Cross Cultural, Photo

Floral Friday #197


 カメラが売られなくなって久しい。各種統計情報を見るまでもなく、世の中からカメラ屋さんが減り、カメラ屋さんにとって変わった電気屋さんにもカメラが置かれなくなり、気づけばコンパクトカメラがそもそもあまり生産されていない。今やカメラといえば、業務用か高級なものということになっている。そんな状況を嘆くかと言われれば、自分も基本的にはスマートフォンでしか写真を撮っていない。時々古いカメラを持ち出して撮った写真をこのblogでは使っているが、それも徐々にスマートフォンの写真に置き換わりつつある。それで十分なのである。

 このポストでもスマートフォンの写真を使っているが、「それで十分」というのは、個人で楽しむ分には十分な品位の写真が撮れるからという意味が隠れている。ある意味少し消極的な理由であって、本当は良いカメラを使った方が良いのだけれど、この程度ならスマートフォンでも問題ないと割り切っている感じである。ところが、最近は、スマートフォンの方が面白いというむしろ積極的な部分を感じている。

 巨大な一眼レフやそれに代わった業務用ミラーレスだったら上の写真は撮っていない。ポケットに入っていたスマートフォンだったから、さっと取り出して写真を撮ったものだ。まるで花が咲いたようなカラフルな赤と青い背景に気がついたから、仕事での移動中にスマートフォンを取り出して、30秒だけ立ち止まって撮ったのだ。被写体までの距離はごく近く、見た目以上に実物は小さい。

 下の写真も同様にスマートフォンだったから撮った写真である。まるでソフトフォーカス・レンズかフィルタを使ったようなぼやけた画像で、フォーカスがどこにあたっているのかもわからない。これが大型のミラーレスカメラならピントを追い込んで撮っている写真だが、そんな写真はきっと面白くない。このボケたような画像は画像処理の結果なのであって、要はスマートフォンが画像処理に失敗したからこそ撮れた写真でもある。良い写真ではないかもしれないが、少なくともつまらない写真にはならなかった。背景の紅葉が、花が咲いたようにすら見える。写真はそんなところも面白い。

 

Bonne journée, Cross Cultural

(pas) Très sale 4


 Très saleの最終回です。極力不快な描写を使わないようにしていますが、今回もblogではあまり取り上げない内容となっています。

 若い頃は、体力の衰えってどういう事?なんて思うものである。スポーツ選手がなぜ20代で引退するのかも分からなかったし、30代でも体力が落ちた気がしなかった。
 学生時代に何かの授業で「皆さんは殺しても死なない年齢です。」なんて冗談を言われて笑っていた事もあったが、ただ、その意味が分かる年齢になるのは案外早かった。20代や30代はある意味走り続けていたのだ。どんどん時間が過ぎ、「中年」と影で言われる年齢になったあたりから「若い頃」の意味が分かったのだった。
 先日歯医者さんで歯科医が若い歯科衛生士さんにこんな説明をしていた。
 年寄りの歯が悪いのは年齢による衰えだけの問題じゃない。わずか30年前くらいまでは、学校でまともに歯磨きをさせていなかった。その頃子供だったら、虫歯になる。50年前は歯ブラシを持ち歩くどころか、歯磨きの時間もなかったし、寝る前に歯磨きをすることも習慣化されていなかった。つまりは生活習慣の変化も含めて、年齢差は出てくるのが当然なのだと。
 最近は、その歯科のトイレもそうなのだが、綺麗なトイレには「男性も座ってね」なんてシールが貼ってあったりする。立って小用をたすと飛び散って不衛生だというのが主な理由なのだが、コロナ騒動で一気にパブリックなトイレにも広がったような気がしている。自分もずいぶん前から座ってするが、年齢が上がると割合は少なくなるらしい。20代は自宅なら8割が座るそうだが、50歳を超えたら半分以下ではないかとのことである。
 こうした事も生活習慣の変化なのだろう。毎食事ごとの歯磨きなんて当たり前のことを社会全体が当たり前と思うようになったのが30年前なのだとしたら、男性が座ってトイレに行くのを常識とするのは間も無くなのかもしれない。

(こうした内容を不快と感じる方は、ここまでとしてください。ここから先は、トイレ事情や性に関する内容が含まれます。)

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Cross Cultural, Photo

Floral Friday #196


 朝の弱い日差しを浴びる秋の花々が鮮やかに感じられるのは、どういうわけか。朝日や夕日がわずかな時間だけ黄金色に輝くように、弱い光の作り出すそのわずかな瞬間が生活する時間と重なり合うからなのか。それとも黄色に惹かれる季節の思い込みなのか。
 ようやくキク科の花が咲き始めて、冬になってきたのだなと実感する。それがなぜ美しく感じるのかなど考えるだけ無粋というもの。秋の日のもの悲しげな音よりも、足急ぐエンジン音の響きが目立つ秋の乾いた空気を忘れ、ただひたすら秋色に魅入る。

 

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #195


 最近は(というか今年の夏からは)、カメラを抱えて散歩に行くことも少なくなりFloral Fridayのネタにも困るようになってしまった。何しろ暑かった夏は、カメラなど持ち歩いて写真を撮っている場合ではなかったし、ようやく最高気温が30度くらいまで下がってきたら、時間の余っているような日は、どういうわけか雨降りだったり、急用ができたりでままならない。このポストの初稿を書いている現在は、公開予定日が忙しいとわかっているので1週間前なのであるが、台風から変わった温帯低気圧が通過中で外は豪雨である。公開日までにテキストは書き換えられるが、写真は撮れそうにない。

 Floral Fridayは、FlとFrなので音的に多少似ていても頭韻にすらならないのだが、どちらかといえば、華金(花金)の意味も兼ねて日本語的に設定したテーマでもある。調べたところ、50代以上でないと伝わらない言葉だということなので、もし意味不明だったら調べていただきたいが、意味がわかったところでその雰囲気は伝わらないのかなとも思う。Webサイトを見ていると、華は豪勢な楽しみ方、花は庶民的な楽しみ方なんて書いてあったりして、どこでそんな定義が出てきたのだろうと「?」が浮かぶ。昭和は「花」と書いたが現在は「華」と書くという説明もよく分からないが、当時も今もどちらも書くので、本当に伝わらない言葉なのだなと思うのである。
 若い頃に華金に出かけたかと言われれば、金曜の夜は週末の準備で忙しくてそれどころではなかったと記憶している。確かにバブルが弾けてもしばらくの間は金曜の夜に遅くまでクラブで遊んでいたなんて聞いたし、そんな先輩や知人も少なからずいたことも事実である。自分はといえば、まだ若かったからそんな事もできなかったし、お金もなかったが、土日は早朝から出かけることが多かったから、金曜日は早く大学から出たり仕事を切り上げたりして、睡眠時間を確保する方が重要だった。おかげで、社会人になってからもずっと5時起きが続いている。

 そんなわけで、花の金曜日の意味であるFloral Fridayは、頑張って花の写真を使い続けているが、今回はキノコである。花のように赤い毒々しいキノコは、こうやってポストするとちっともFloralではない。どちらかと言えば、「華金」の夜を想像させる妖艶さを醸し出している。

 

Cross Cultural

pommes


 Webサイトで「りんごが赤くなると医者が青くなる」なんて書いてあるのを時々見かける。なんとなく、日頃からよく見かけているから自分でも使ってしまうが、元の諺は「柿が赤くなると医者が青くなる」である。恐らくは、「一日一個のリンゴは医者を遠ざける」のような格言と混じり合ったものだろう。そのくらいりんごは身近なものであって、食べやすく、健康にも良いに違いない。待ち遠しかったりんごがスーパーに並び始める9月頃から12月くらいまで、ずっとりんごを食べ続けているような気がする。
 冒頭の写真はフランスのスーパーで売っていたお得用フランス産りんごなのだが、3kgあたり2.49€(約400円)という格安である。フランスは、概してりんごが安い。1€=120円だった頃なら、日本の半額以下どころか1/3くらいの値段でりんごが買えた。安かろう悪かろうという想像は半分あたっていて、フランスに大玉の綺麗なりんごはほとんどない。どこかしら傷があるのは普通だし、計り売りが普通だから、みなさん真剣な顔つきで美味しそうなものを選んでいる。収穫も大胆で、木の根元を機械でゆすって根元に敷いたネットの上に落とすなんて豪快なやり方をしていたりもする。果物は、生食よりは加工することが多い国だから成り立っているのだろう。
 地産地消が結構徹底しているフランスだから輸送費もかかっていないのかもしれない。一方で、季節もよくわからない南国のフルーツがスーパーにたくさん並んでいることもある。
(下に続く)


 こちらの写真は12月に撮ったものだが、どう考えてもパイナップルやドラゴンフルーツの季節ではない。ただ、フランスには海外県なるものがあって、旧植民地をカリブ海や南太平洋に持っている。これらの地域は独立運動があったりはするものの、産業も少なく、政府が補助をして観光やこうしたフルーツの栽培を進めている。またフランス領ではなくても、アフリカの一部の国は旧植民地の関係もあったりして、フランス語を話す友好国であり、フランスに盛んに農作物を輸出している。モロッコ産のスイカやみかんはなかなか美味しい。

 最後のおまけ写真は、ブームの寿司の弁当である。これに手を出してはならない。いや、好奇心から食べてみるのは否定しないが、決して美味しいものとは思わない。特に巻き寿司は、どうしてそうなった?という疑問符がつくものが多い。七味唐辛子で巻かれた寿司など、とても美味しいとは言えない。加えて、握り寿司は衛生的にも疑問符がつく。そもそもキッチンが生の調理用にはできていない。個人的には元々生寿司を食べないのだが、日本らしい寿司だったのであえて食べてみたら、その日の夕方には腹痛である。どうしてフランス人は大丈夫なのか、どうしてもわからない。まあ、何れにせよ、食べて美味しいものではないというのが印象である。フランス人が日本に来てフレンチを食べないのと同じことだ。居酒屋のキンキンに冷えた赤ワインって何?って感じである。


さらなるおまけ