Bonne journée

Stereo

カーステレオなんて死語のような気がしていたが、案外他の言い方が思いつかない。ひょっとすると今時はCarPlayなどと固有名詞で言うのかも知れないが、今でも「カーステレオ」で「FMラジオ」を聴くのはそんなに古くさいわけでもない。ラジオをつければいつでもヒップホップがメッセージを伝え、ナツメロが過ぎ去り、ロマン派のシンフォニーがダッシュボードに反射する。ブルターニュの話である。

なんでそんな事を急に思ったかと言えば、単にBluetoothの接続が突然切れたからである。普段はiPhoneから聴いている音楽やフランス語のテキストは、その日は地元のFM局にとって変わられた。早口で話されるフランス語の冗談が理解できるはずもなく、ちょっとしたニュースもどうやら何かあったと言うレベルでほとんど役に立たないが、通勤のBGMとしては充分である。

仕事の同僚に聞けば、どうやらここではラジオは案外捨てたものでもないらしい。車で聴くだけでなく、朝食をとりながら家族で聴いていると言う。しかもそんなラジオ派はひとりだけではない。自分もそうだと言う人が何人も現れた。朝はテレビはアニメか再放送だから、ラジオを聴いてニュースを知るのだそうだ。スマフォと違って家族で話もできるとか。そのとおりだろうが、インターネットが水道と変わらないほどに当たり前の今、なんだか不思議な感覚である。日本では電気屋でラジオを見かけることも少なくなったし、ラジオ局を取り巻く環境も厳しくなっていると聞いた。インターネット放送で聞く人も増えてはいるが、ラジオが生活の中にしっかり根付いているという感覚とはちょっと違う。

たしかにフランスでは目覚まし時計にすらラジオは付いている。件の同僚の一人が言う。問題なのは、ラジオを聴きながら新聞を読んでるだけでも集中力がいるのに、奥さんから話かけられても時々ちゃんと聞いていられない事なのだと。それは別問題だと言いかけたが、もちろん黙っていることにした。ただ、なんだかそんな悩みが羨ましい。日本に住んでいた頃は確かによくFMを聴いていたし、情報源はFMだった部分もないではない。でも、「今朝のラジオで電気自動車の二酸化炭素排出量の話をしてたんだけど」なんて会話はなかなか成り立たなかった。

そんなわけで、来週もまた1日くらいカーステレオでラジオを聴くのかなと思うのである。

Bonne journée

Mostly Monochrome Monday 25-11-19

今日が始まることさえも隠そうとする冬霧が街を漂う。
やがて見通しが良くなる頃、誰もがそのいち日を引き返そうなどと思わないほどに街は動き出している。

The fog blocking my view tells everyone in the town that wintertime is coming.

A Part of Mostly Monochrome Monday

Bonne journée, Photo

left 10 percent

雨の降らない10月は誰もいない夏の海より物悲しく、雨に凍えない11月はもはやブルターニュではない。どんな誰とどこですれ違ったかなどちっとも覚えていないこの1年が、最後の10%を迎えようと言う段になって慌てて取り繕い始めたように、コートの襟を立てて過ぎて行く。どこか胡散臭い傾いた太陽より、リフトで飾り付けられたクリスマスデコレーションを求めて空を見上げる。頬にあたる雨粒は決して痛くはない。

Having walked in a plaintive October under the rain, then Brittany doesn’t find a November with no chilly days. The Christmas is just behind the misty curtain with no pain. 

Bonne journée, Photo

DST

特に感傷的な気分になる必要もないのだが、夏時間(DST)から標準に戻るというだけでなんとなく冬になったような気がするものである。いつまでたっても明るくならない朝が少しばかり早めに明るくなったところで、差して違いがあるわけでもない。街路樹がだいぶ葉を落として、少ない日差しが少しでも歩道に届くようになったことに至極深い喜びを感じるものでもない。単に時計合わせをするだけのことである。それでも人はそこに意味を見出すものである。

まもなく気の早いクリスマスの飾り付けが本格化する。すでに街路には雪の形のライトがちらほら現れてきた。きのこもリスもボーッとはしていられない。