Bonne journée, Cross Cultural

フライト(追補編)

前編後編

 一夜明けてもまだ事情が飲み込めないなどといった表現もよく聞くが、決して美味しくはない朝のクロワッサンで自分が置かれた状況に諦めもついたという方が正しい。もうすでに存分に状況は理解させられている。最早思うことはどれだけトラブルなく東京行きに登場出来るかである。
 そもそも代替のフライトが予約出来たというのは、eチケットの番号で調べたからであって、ブリティッシュエアが約束したメールでの連絡ではない。正直なところ、手書きで連絡先のアドレスを伝えた段階で届かないだろうと諦めていた。アドレスには名前が含まれていたが、そんなことをチェックするはずもないし、イギリス人にとって意味不明な文字列をそのまま入力してくれなど無理難題というものだ。
 そんな状況だから、ともかく早く現場に行って、早くチェックインすることが重要なのだ。
 とは言え、夕方のフライトまではたっぷり時間があるし、その前に空港の一角にあるPCR検査サービスに行かなければならなかった。フランスなら保険証がなくても6,000円ほどですむが、ここのエクスプレステストは25,000円もかかる。それでもフランスで受け取ったテスト結果は入国に必要な72時間以内の検査という条件をもはや満たせなかったから、新たな検査を受けなければならなかった。正確に言えば、遅延などのやむを得ない状況は24時間の延長措置があったし、ヒースローで過ごす1日は旅行の過程だと言い張ることも出来たが、羽田でのトラブルは出来るだけ避けたかった。だからPCR検査は念のためというより安心材料でもあった。
 PCR検査場は空港の入口近辺にあるから30分もあれば着くだろう。そう思いながらも予定より2時間前の空港行きバスに乗ることにした。人は学習する生き物である。

 ホテルのレセプションには丁寧に時刻表が掲示されていた。きっと問い合わせが多いのだろう。空港のはずれの巨大ホテルに泊まる客など、目的地は空港以外にはない。その時刻表をじっくりと眺め、2度見返してバス停らしい場所に向かった。すでに何人かの乗客がバスを待っている。朝の涼しい空気の中で、おしゃべりに忙しそうだ。先頭は中国人らしい。とは言っても、おそらくはヨーロッパ在住だ。日本と中国からの観光客はしばらく途絶えている。向かいには仕事用と思われる屋根付きのブリッジが敷地を横断するようにつながっていて、そこを誰かが無言で歩いて行く。そうやって周囲を見渡しながらバスを待っていても、それは一向にやって来なかった。

 定刻通りという事はない。フランスでも20分程度は遅れることがままあった。日本だって遅れる時は遅れる。経験上、30分に1本程度の運転間隔なら次のバスの時刻までは待つべきだ。予告もなしに運休なんてよくあることだ。そうやって20分が過ぎ、30分が過ぎ、そして45分が経過した。いつかバス停で待つ先頭のグループも2番目のグループも車でどこかに消えていった。
「空港までタクシーを呼んでくれますか?」
 レセプションに戻ってタクシーを手配する時が来たようだった。
「5分から10分で来ます。前でお待ち下さい。」
 つまり、まれに5分で来ることもあるから外で待っていた方が良いが、20分くらいはみておいて欲しいという意味だ。結局15分後にタクシーが現れ、おしゃべりな運転手と共にホテルを離れる事になった。もちろんその時になってもバスは来なかった。定刻から1時間が経過していた。まぁ、運休ということだろう。それでもPCR検査の予約時間までには十分すぎるほどの時間が残っていた。

 PCR検査は想像に反してシステマティックで素早いものだった。フランスで経験していたものより随分とお手軽な感覚で、正直なところ、そんないい加減なやり方で良いのかと疑問を感じなくもなかったが、手続きが洗練されているのは、至極ありがたかった。フランスだって簡単にオンライン予約できるし、流れ作業のように全てが進むが、他の事務処理同様、フランスではトラブルはつきものなのである。
 フランスを離れる前々日、オンライン予約した上で厚生労働省の書類の作成が可能かどうかまで事前確認していたPCR検査場で待ち受けていたのは、少し想定外のトラブルだった。予約が入っていないとか、保険のIDが無効だとか、そんなことはよくあることだが、その朝は少し違っていた。
「パソコンが壊れました。支払いのあるケースには対応できません。えぇ、全て手作業なので、他の検査場に行ってください。ご紹介します。」
 その紹介された検査場に行く時間があまりないから近くの検査場を予約したというのに、全く意味がない。そもそもPCが1台しかないというわけでもないだろうと思うのだが、小さな検査場の机の上には立った1台のPCがあるだけだった。
 そんなものだ。何もかもうまくいくことなどあるはずもない。時には何かしらが起きて、その結果に対して自分はどうしたいかをしっかり伝えて交渉するのがフランス流なのだ。トラブルが起きてから対処すれば良い。

 ヒースローのPCR検査場では何も起きなかった。何か起きそうな余地も見当たらなかった。あるとすれば、結果が通知されないとか、そんなところだろうと想像していたが、何の不安もなく、予告されていた時間に結果が通知され、ひとつ古いフォーマットであったとは言え、厚生労働省の型式の証明書まで自動的に出力されていた。あとは出発2時間前までにチェックインして出来るだけ早く出発ゲートに辿り着くだけである。
チェックインカウンターの前でカウンターが開く30分まえに並び、3番目に搭乗券を手に入れて、登場ゲート近くのカフェでコーヒーにあり付いたのは、登場アナウンスが始まる30分前だった。イギリスに立ちよる予定などなかったから手持ちのポンドが全くないことを除けば、比較的順調な出国となった。

 あとは特段書くこともない。小さなトラブルなら無いわけでもないが、書いたところでつまらない愚痴でしかない。ようやく国境を開け始めた日本に英国人やフランス人の家族と共に里帰りしようとするグループで席は満席だったとは言え、座ってさえいれば、どんなに時間がかかろうと次は羽田なのだ。
 さて、ここからは別な話なのかもしれないが、出発時に預け入れたスーツケースは予想通り羽田には到着していなかった。それはそうだろうと驚きすらなかった。結果からいえばひと月ほどして日本に届くわけだが、そのひとつはなぜかヨーロッパから中南米経由で世界一周の旅をして羽田までやってきた。旅好きなスーツケースである。無口なスーツケースは、きっと苦労しながら羽田に辿り着いたに違いない。

4 thoughts on “フライト(追補編)”

  1. ご苦労をなさっているのに…ごめんなさい。
    不謹慎かも知れないけど、スーツケースさんのオチにきて、我慢していた笑いが爆発してしまいましたー。

    1. 返事遅れてごめんなさい。どういうわけか、スパムフィルターで弾かれていたようです。ここまで酷いのは初めてですが、この手のトラブルは慣れっこですから大丈夫です。スーツケースも無事に帰って来ましたから、全てOKですね。

  2. よくまぁ、ここまで!!踏んだり蹴ったり、溝内にジャブ入れられてアッパーパンチ…ではおさまらないような。それでもくじけずに帰国されたこと、いやぁ。。。すごいです。
    スーツケースにもスーツケースなりの旅の前編・後編・その他諸々のつぶやきがありそうですねっ!

    1. ヨーロッパ内の飛行機での移動は、2回に1回はトラブルがある感じです。すっかり慣れました。余裕を持って行動し、しっかり相手と会話するのが鉄則です。ブリティッシュ・エアウェイズは、この夏の稼ぎどきに大幅減便をしていますし、エールフランスも採算重視での運用を続けていますので、パンデミックでさらに状況は悪化したのでしょう。ともあれ、スーツケースはひと月半かかって帰ってきましたので、これで通常に戻れます。

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