Bonne journée, Photo

Bonne journée (35)

201501-321
You may change wall papers of your PC and smartphone. Indeed, it seems to be a sort of obsessive to give a personal image. Like the rest, I use an above image for my iPhone.

PCやスマフォの壁紙を変えているかもしれない。個人的な画像を使うことは、もはや強制観念のようにすらなっている。ご多分に漏れず、私もiPhoneに上の画像を使っている。

When you want to try this image, please feel free to download it.
もしどんなものか試してみようと思われたら、ダウンロードはご自由に。

for iPhone6 (890 x 1590, 184kB)
for iPhone6 plus (2592 x 2592, 577kB)

Have a good day.  今日も良い一日を。

Bonne journée, Photo, photo panoramique

Photo panoramique: iPhonegraphy

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I usually don’t edit my photos. I have nothing to speak of its reasons. Just to say, photo editing application is a bit expensive and I’m not used to edit pictures because my first camera was analogue one. Of course I know there are some good free software like GIMP and there’s always exception.

Sometimes I take a picture with intention to crop it for a panorama one. As regular readers probably know, though the title of “Photo panoramique” doesn’t mean panorama photo but wide view, I posted some cropped pictures already.

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いつもは写真を編集することはない。特に理由があるわけでもない。あえて言うなら、写真編集ソフトは少々高いし、フィルムカメラから写真を始めたので編集するのに慣れてないということか。もちろんGIMPのような優れたフリーソフトがあるのは分かっているし、常に例外はある。

時々はパノラマにトリミングすることを意図して写真を撮っている。いつもこのブログを読んでくださる方は恐らくはご存知の通り、トリミングした写真を何度かアップした。タイトルはパノラマ写真の意味ではなく、色々な視点という意味ではあるが…

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Then, now I have added a new exception, iPhonegraphy. In this post, I edited some pictures taken with iPhone. The rule I defined this time was simple. To crop a picture with square shape, to add a word (tagnoue) and to apply at least one effect. I hope all of you like this.

そして今、新しい例外を付け加えることにした。iPhonegraphyである。この投稿では、iPhoneで撮影した写真を編集している。今回決めたルールは簡単だ。正方形にトリミングすること、tagnoueの文字を入れること、何かひとつ編集効果を入れること。気に入っていただけることを祈るばかりである。



Cross Cultural

教会の鐘とiPhone

201406-006streetThe text was written only in Japanese.

教会の鐘が朝を告げた。裏庭では赤い薔薇が自分自身を支えきれずに頭をその横のベンチにもたれかけ、小さな表通りでは、ショートコートの襟を立て小さなパンの袋を抱えたサラリーマンが道を急いでいる。またポツポツと雨が降り始めていた。6月の北フランスはまだ初夏からは遠い。

サマータイムは、夜10時を過ぎても明るい。仕事を終えた後もつい外出したくなるそんな夕べとなる。もう、ひどく寒いという季節ではないが、半袖一枚で過ごせるものでもない。だから今日は何を着ようかと少し悩む。日中の強い日差しを考えて半袖で外出しようかと思っても、朝夕の冷たい風を思い、結局はその上に一枚羽織ることに決める。ショートコートか雨に当たっても染み込みにくいジャンパーが簡単だろう。一日の中にあらゆる天気があるのだから。朝、窓の向こうには色の消え失せた雲が覆い尽くすように広がり、アメリカ製の天気予報アプリは一日 overcast と告げているが、恐らく間もなく晴れてくる。白く柔らかな雲がぽつりぽつりと浮かび、そよ風が首の周りを抜けて行く爽やかな午前が始まるのだ。その頃には、件の天気予報アプリも初心を忘れてclearとかpartly cloudyとか表示するに違いない。やがて夕方には再び雨となって、気温はあっという間に下がっていく。であれば天気予報など要らないではないか。

 

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横浜、さして重要とも思えない仕事から遅く帰宅する夜。先月末のヨーロッパのニュースサイトは、すっかり欧州議会選挙とウクライナ情勢一色という状況だった。そうでなければサッカーの結果。日本からの距離を感じなくもないが、すぐそこにあるいつもの日常でもある。直ちに影響が現れるものでもないだろうが、選挙結果を見ていると右傾化は世界的な状況のようでもあって、時代の変化にどことなく不安を感じなくもない。そう考えながらも、それは同時に他人事でもある。買い物をしながらふと一度雨に洗われた路面に目を遣る。雨はすっかり乾いていても、汚れの落ちた路面は時折輝きを見せた。

横浜では誰もが首を垂れて、後生大事に小さな呪文の書かれた光る箱を抱え、何事かつぶやくようにそれを覗き込む。電車の妙に丁寧な英語のアナウンス。帰りを急ぐシワだらけのワイシャツ。咲き始めた紫陽花の青にあたるLEDの他人事のような光。夏はすぐそこにあると告げる湿気は、シャツの中にじわじわと入り込んでくる。遅い電車だというのに、人は一向に減らない。暗くなってからの時間は、疲れて不満顔の人々に置き換えられて消えていく。あたかも最初から無かったように。

201406-008street電車の中を人混みの頭越しに振り返り、ふと、アーチ状の梁が連なる回廊を思い出した。休日、誰もいない街の朝だった。iPhoneを取り出し、写真を探す。自分もまた、現代の聖書を抱えたひとりとなった。

 

3枚の写真はiPhoneで撮影

Bonne journée

Bonne journée(26) : Snowy again

201402-032今週は、Booksカテゴリの記事を予定していたが、毎週末の雪で忙しくまとめている時間もないことから、先週に続いて雪の写真である。しかもiPhoneである。まぁ、手抜きである。

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湿雪がかえって暖かそう

iPhoneで写真を撮っていると、解像感の悪さもあってか正方形にトリミングしたくなる。正方形にトリミングして、少しフィルタをかけてやると、下手な写真もなぜか味わい深くなったような気がするのだ。

降り始め、木の根元の形状が面白い
降り始め、木の根元の形状が面白い

Instagramが始めたこの形式は、インスタント写真から発想しただけの偶然か考え抜かれたものかは知らないが、ある意味、簡単で非常に優れた方法なのだろう。

雪まつりのオブジェではない
雪まつりのオブジェではない

何故、この形式が面白いのかもよくわからない。ずっと3:2や4:3のアスペクト比に慣れて1:1が新鮮に感じられるからかなと思っていたが、最近はどうやらそうではなさそうだと思い始めた。1:1は余韻(余白)がないことで全体に目がいくらしいとか、周辺光量不足を模したようなフィルタは正方形のほうがバランスが良いとか、そんなことかもしれない。

夜の灯りと
夜の灯りと

カメラとしてのiPhoneも案外面白いのである。

アスファルトと雪
アスファルトと雪
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Bonne journée, Cross Cultural

Bonne journée (23):Bluetooth keyboard

20131201-001ここしばらくiPhoneについて書いていなかったが、Bluetooth keyboardを時々使うようになったので、感じた事などを少しばかり。(The text was written only in Japanese)

個人的な事で恐縮だが、フリック入力がどうも性に合わない。ガラケーを使っていた頃もテンキー入力が苦手だったから、そもそもフリック入力以前の問題というべきか。「な」行と「は」行がごちゃごちゃになったり、押す回数を間違ったりと、長文入力など考えられないという思いが強かった。どうせテンキーが苦手だったのだからと、いっそこの機会にフリック入力を覚えてしまおうと暫く努力したものの、結局はイライラがつのるばかりで、それ以来、ずっとフルキー入力だけを使っている。もはや、テンキーは表示されない設定のまま、2年以上の時間が経った。

あまり評判の良くないiPhoneのフルキーボードも慣れればかなり高速に入力が出来る。両手の親指を使えば相当楽である。特に英文入力は良く出来ている。単語の途中まで入力すれば概ね正しい候補が表示されるし、スペルミスもかなり訂正される。ピリオドすら入力する必要がない。スペースキーを2回連続して打てば、ピリオドが自動で入力される。時々、余計なスペルチェックが働いて、似たような違う単語に変換されてしまうことが最大の問題だろうか。似たスペルだから変換されたわけで、さっと読み返した時に気づかないことがあるからだ。

ところが、人間は贅沢なもので、慣れたといっても不満は出てくるものである。PC用の物理的なキーボードよりiOSのソフトキーボードが入力しにくいのは当然としても、日本語配列と英語配列を切り替える度になぜかミスタッチが多くなる。そして、結局はイライラするというわけである。アイソレーション・キーボードのような見た目ではあるが、実際には絵が書いてあるだけで、キーの間隔が広いというわけではない。そもそもiPhoneのディスプレイ幅にフルキーが収まっているから、幅を確保することなど望むべくもない。指が慣れるのを待つ以外にないのだろう。ずっとそう思ってある程度割り切って使ってきた。

ちょっとした入力は何でもない。検索キーワードを入力したり、短いメモやメールを書くなら全くストレスを感じない。このブログのほとんどのポストの下書きは、実際のところiPhoneで書いたものだ。電車の中などで時間があるとちょっと書き、それを積み重ねて最後はPCで書き直す。そんなやり方を続けている。だが、やはり長い文章となるとストレスがたまる。仕方ないこととは思っていたが、原因のひとつはつまらないことにあると最近気がついた。どうやら、英語キーボードと日本語キーボードの微妙な配列の違いが案外大きな原因なのである。

20131201-002英語配列と日本語配列には、たったひとつだけ違いがある。日本語だけハイフンキーが付けられている。なるほど長音を入力する機会の多い日本語では便利な配列だろう。「キーボード」という単語を入力するにはぜひ欲しいキーである。とは言え、このたったひとつのキーにより、中段のキー配列は左に半分ずれている。だから、keyboardという単語を入力した後で日本語を入力すると半分だけずれたキーを叩くらしいのだ。ミスタッチが多いのはiやoで右上が多い。こんな小さなソフトウェアキーボードで位置の違いが出るのだから、人間の脳は良く出来ているということか。

なんだか前置きばかりとなってしまったが、そんな理由でBluetooth keyboardを使い始めた。使うのは専ら自宅でさっと入力したい時であって、今のところは出先では使っていない。電車の中での入力程度なら今のところさほど困っていないから、どちらかというとPCを立ち上げずに文章を書きたい時用だ。少々もったいない使い方なのだが、長めの文章となると断然楽である。ソフトウェアキーボードを非表示にすることで広い領域が見渡せるし、そもそもあまりキーボードに目を落とす必要がない。

使い始めて気がついたのは、カーソル移動が使えるのが案外便利だということだ。タッチパネルに慣れてカーソルキーなんて要らないという感覚にもなってきていたが、文字を書くならやはり便利なのである。さっと文章を書いて、前に書き足そうなどと思った時には、カーソルキーで移動したくなる。キーボードから手を離してスクリーンを触りたくはない。さすがにPCで編集するのに比べれば面倒だが、イライラはだいぶ解消された。

使っているのは新潟のリュウド(REUDO)という会社の折りたたみ型キーボード(RBK-3200BTi)だ。少々華奢ではあるが、使わない時には小さくなるから邪魔にならないのが良い。恐らくは、家の中だけで使うなら、寧ろ普通の折りたたみではないものの方が良いのだろう。膝の上で使う場合でも、しっかりしている方が安定するに違いない。折りたたみにしたのは、小さくて邪魔にならないというだけでなく、使う時に十分なキーピッチがあることを考慮したからだ。いくつか試してみて、キーピッチが狭い小型のキーボードでも慣れれば入力に問題ないことは分かっていたが、ブラインドタッチは難しい。そう思っての選択である。使ってみて、ほぼ普通のキーボードと同じ感覚でキーがあるのは確かに大きなメリットだと感じている。

ところで、個人的には、もうひとつメリットがあった。iOSの英語キーボードは(内部的には)ASCII配列であるが、仕事でもASCII配列を使っているので、違和感が少ないのだ。JIS配列(普通の日本語キーボード)とASCII配列には大きな違いはない。ともにQWERTYだ。だが、セミコロンやアポストロフィの位置が違う。これが違うだけで、またもやイライラすることになる。ASCII配列は大変にありがたい。

因みに、フランス語のキーボードもまた違う。カナダのフランス語配列はほぼASCIIやJIS配列と同じだが、éとかçとかを入力するために、右の方に特別なキーがある。フランスのフランス語キーボード(またもやややこしい)は、AZERTY配列で、AとQなどが入れ替わってこれまた違う。以前、面白がって買おうと思ったが、いくらなんでも使いにくいから思いとどまった。とは言え、最近はフランスでもASCII配列を使う人が多いそうだ。アクセント記号はあまり気にしないということか。

キーボードの事を書いていたはずなのに、今回もまたフランスに関する事に脱線してしまった。このブログの基本テーマのひとつはカルチャーギャップなので、とりあえずご理解いただきたい。

さて、ともあれ快適になったキー入力だが、やはり、となりで凄い勢いでフリック入力をしている人を見ると羨ましい。話すより速いのではと思う人の指の動きは、もはや残像が見えそうである。脳がついていけるのかと心配してしまうが、余計なお世話なのだろう。そんなつまらない事を考えている自分は、今日も、あくまでもフルキーボード派である。これもまたカルチャーギャップか。

今日も良い一日を。