Bonne journée

YOKOHAMA


 住む街や住む国に愛着を感じるタイプの人間ではない。そう思っていた。生まれ故郷の街が正直に言えば好きではないというのが原因かもしれない。その生まれた街には、もう、子供の頃に遊んだ川も森もない。若い頃に住んでいた街も、嫌いなわけではない。でも、また住みたいとは思わない。生活するには気候が合わなかったと言うのが理由である。長い間住んでいる横浜に愛着があるかと問われれば、よくわからない。税金は高いし、色々と都会の不便さがある。フランスの片田舎に住んでいたこともある。その街に戻りたいかと言えば、強い希望はない。言葉の問題もあるが、移民には優しい街であっても、何もかもが快適というわけにはいかない。

 それでもふと思う。何のストレスもない理想の街などありえないし、色々課題もあるから面白いのだと。そう思い始めて、横浜に愛着を持つようになった。足りない部分は足りている場所に行けば良い。車で1時間も走れば雄大な自然だってある。コンクリートと鉄の街でも、美しい。

I’m not the type of person to feel attached to the city or country I live in. Or so I thought. To be honest, maybe it’s because I don’t like the city where I was born. The river and forests where I played as a child are no longer there. But then I suddenly think, there’s no such thing as an ideal city with no stress at all, and that it’s the many challenges that make it interesting. That’s when I started to think that, and I began to feel attached to Yokohama. If there’s something missing, you just need to go to a place that has it. There’s also magnificent nature just an hour’s drive away. Even a city of concrete and steel can be beautiful.

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #250


 最近、どういうわけか、Web上で好みでもない動画を押し付けられる。それが普通のSNSや動画サイトの時もあれば、純粋な動画広告のこともある。大抵は、「XXXな人、もうやめて」とか、「実はこれ、まさかの」とか、「考えた人天才」とか、「知ってる?」とかテロップが出ていて、なにが楽しいのか分からないものが多い。共通しているのは、「あなた知らないでしょう?」という不思議な予定調和で、内容的にはよく知られたことであってもそれで釣れれば良いのだろう。
 広告なら分からないでもない。その広告を出しているWebサイトの運営者は、そうした広告で利益を上げている。収入もないのに巨大なトラフィック(通信)を支えることなどできない。よく分からないのは、明らかにアクセス数には無縁なはずのSNSのアカウントがそうした広告を真似しているケースである。将来的に何かで利益を上げることでも目指しているのだろうか、それともアクセス稼ぎ?
 じゃあ、普段はどんなコンテンツを見ているの?と聞かれると、答えに窮す。そういえば、あまり動画は見ていない。知人のフランス人も口を揃えて見ないという。見るとすればドキュメンタリーかしっかり作られた映画のようなコンテンツだ。だからNetflixみたいなところが強いんだろうな。それが今のところの結論である。きっと間違いだけれど。

 写真は三週ほど前に撮ったものである。赤くなった葉を背景に柔らかな花が咲き、オレンジ色の蝶がその花の上にいる。こんな写真面白いの?と聞かれそうだが、この色だけでもなんだか楽しい。その上、三週間もして別なことに気がついた。右の後翅の下に小さな虫がいるではないか。撮った時も、写真を見た時にも気づかず、今回、Blogにでも載せようかと思って見返して初めて気がついた。注意力不足にも程がある。

Photo

Mostly Monochrome Monday #430


Are the overlapping leaves at the end of autumn, their shadows, or sunlight filtering through the gaps between the leaves? Perhaps it is all of these, a feeling of regret for the passing of autumn.

重なり合っているのは、秋の終わりの葉なのか、それらの影なのか、それとも葉の隙間を抜ける陽の光なのか?多分、それらの全てであり、ゆく秋を惜しむ思いである。

A Part of Mostly Monochrome Monday

Bonne journée

MORT


 法の精神なんて堅苦しいことを言うと、この先読んでもらえないかもしれない。そんな大袈裟な話ではないのだが、この言葉が便利だからちょっと使ってみた。
 発端は「相席ブロック」に対策をするという記事(例えば日経)なのだが、これを読みながらフランス人との昔の会話を思い出した。

 その時は、5人ほどのフランス人とランチを食べていた。ランチの話題なので色々とランダムなのだが、そのうち、フランスで少しだけ話題になったTGVの裏技の話になった。フランスの新幹線などと言われるTGVだが、もちろん料金は安くない。ただ、早期割引だったり、混雑していない時間帯の割引だったりと、色々割引がある。その割引のひとつを使うと、かなり安く長距離を旅できるという話だった。何やら複雑で自分には理解できなかったが、どうやら乗り継ぎがポイントだった。乗り継ぎの条件を工夫すると、通常は適用されないはずの大幅割引が適用されるという話である。
 ひと通り話が終わって
「へえー、そんなのがあるんだね」
と頷いていると、環境や食生活の話に一家言ある一人が、こちらを向いてこう言ってきた。
「お前、話がわかったか?」
もちろんよく分からないこともあったが、話の内容自体は理解した。だからこう答えた。
「詳しい条件とかは地名もあって分からなかったが、話自体は理解した。」
ところが、そのフランス人の反応は少々予想外だった。
「俺には分からなかった。こんなことは理解できない。TGVの価格設定には理由があって、その設定ルールの抜け穴を使って安くするなんて、意味が分からない。」
 今だったら某米国大統領が嫌いなウォーク(目覚めたやつ)である。
 何かルールを決めたのには理由があって、皆がルールを守るからその理由が満たされる。もしその抜け穴を使ってしまえばルールの意味がない。そう考えるのが法の精神の意味の一部である。法の抜け穴だろうが、民間のルールの抜け穴であろうが違いはない。だから合法なドラッグが問題となるのだ。それがわかっているからこそ、そのフランス人は理解できないと言っていたのだ。

 相席ブロックの内容についてはここでは書かない。知らなければ(かつ必要であれば)Googleなどで調べていただきたい。この話はキャンセル料が安いことを利用した予約の話である。ただ、キャンセル料が安いことには理由がある。その安いキャンセル料を使うことを「裏技」と思うか「悪用」と思うかには個人差がある。個人差はあるが、法の精神的な面から見れば間違いなく「悪用」である。
 TGV料金の抜け穴を理解できないとしたフランス人は、とても情熱的に仕事をするなかなか良いやつだった。今はリタイアしてしまったが、若い頃はアメリカに住み、世界中を飛び回っていたらしい。そこで学んだことが、生真面目であることだ。今は一番嫌がられるタイプなのかもしれない。ただ、ルールに抜け穴があったら穴を埋めるか使わないことが秩序を保つことだと理解していた点では、今どき一番必要な人間でもあるだろう。

 フランス人は列に並ばない。でも、意味が理解できればもちろん並ぶ。見方によってはよほど日本人より生真面目だ。そうした生真面目さが近年失われてきたのだそうだ。
 世界中、状況は似ているのかもしれない。

 そうそう、タイトルと写真の説明を忘れた。写真はフランスの鉄道である。その跨線橋から下を覗き込むとフェンスがあって、DANGERと書いてあった。危険という意味である。スペルは英語と同じだが、名詞でダンジェ。その隣に書いてあるのはMORT、死である。「死の危険性」とでも訳すべきなのだろうが、ストレートに死ぬよと書いてあると思った方が良さそうだ。法と違ってこちらは直接的な危険だが、長期的に見れば似たようなものか。