Bonne journée

RED

As winter approaches, the world tends to turn brown, but late autumn in Tokyo is surprisingly full of red. Sometimes the red nuts shine in the sun under the blue sky, and sometimes the dry sky at dusk is dyed red. In a sense, it also means that we will soon feel the crispness of the cold morning air. A medieval poet once wrote, “Mornings are the best in winter,” and I agree, because it gets warmer during the day.

Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #247


 立冬だというのに夏と秋の花が混在している写真はどうかと思ったが、冬の感覚がまだ分からない横浜なのである。先日は立葵が咲いているのを見て、どこか切ない気持ちになったのは、案外仕方ない感覚なのだ。(と言い訳する)

 このところ、なんだかんだと病院に縁があって、病院が苦手な私には、それだけで病気になってしまいそうな日々が続いている。付き添いもあれば、自分のこともある。とはいえ、調子が悪くて検査に行ったことも何度かあるものの、幸いなことにその度に案外なんでもない。医師に大学病院を勧められて行ったこともあるが、気にすることはないと言われる。脂質が多いので食事を改善しましょうとか、もっと筋肉をつけたほうが良いですよとか、色々言われて落ち込んだりする方がよほど堪えるのだ。それでも、問題ないと言われる方が良いことには間違いない。そもそもインフルエンザやコロナのワクチンを打つことすら苦手なのだ。先日は、看護師さんに
「ああ、白衣恐怖症ですね」
なんて笑われた。
「はい、深呼吸して」
はいはい、わかってます。

 コロナのワクチンは、1回を除いてフランスで受けた。フランスは、集団接種場をショッピングモールやパブリック・ホールなどに設置したから、気楽に予約して買い物ついでに打つようなことができた。とはいえ、最初のワクチンは勝手も分からないから、気楽にはいかない。そもそも、フランス人だってよく分からないのだ。「政府の発表によれば、六十歳未満は最終グループだから予約はもっと先らしい」なんて、その程度の情報しかないからフランス人を頼っても、さっぱり埒が開かない。まして、フランス国籍を持たない移民なのだ。その上、病院が苦手ときた。

 フランス人に手伝ってもらって、ようやく予約ができたのは、そうした特殊な事情の人のための公共施設だった。その予約をしてまもなく普通にフランス人同様に一般会場でできますよと連絡もあったのだが、もう予約はできていたからそのまま公共施設でのワクチン接種となった。しかし、これが大きな過ちだとすぐに悟ることになる。

 そもそも一般会場の方が早いというのもあるが、その特別な会場は、アストラゼネカのワクチンだったのだ。1回目の副反応は強いと聞いていたし、他に比べ血栓などの危険性も多少あるとも聞いていた。それでもそれがどういうことかは理解していたわけでもない。「フランス語の得意でないジャポネは副反応が出た時に対応が難しいだろうから、しっかり管理できるこの会場の方が良いだろう」そんな理由で決まったアストラゼネカだった。

 そして接種した4時間後のことである。高熱を発し、うんうん唸って呼吸もままならない強い副反応が始まった。ようやく38度まで下がったのが24時間後。罹患したのと変わらないと皆に馬鹿にされる始末である。聞いたところ、ほぼ同時期に接種したひとのほとんどは多少熱が出ただけだったという。やれやれ、だから苦手なんだって。

 さて、その後、2回目も同一ワクチンとのガイドラインがあったから、再びアストラゼネカだったのだが、さすがに2回目は38度程度で治まった。その後、3回目と4回目はモデルナ、5回目はファイザーと、なかなかの混合ぶりである。そんな話をすると、皆が言う。
「病院とか苦手じゃないんだねえ」
と。いや、そうじゃない。苦手だから慌てふためいて、かえって大変なことになる。

 やれやれ。そろそろ冷静にならないと、歳をとって大変なことになりそうだ。

Bonne journée

こちふかば -4-


 若い頃、それこそプロの仕事がどんなものかも分からず、ともかく言われたことをどれだけスマートに期待通りに仕上げるかくらいしか基準が思いつかなかった頃、アメリカからインターン生が来た。わざわざ日本を選んだのか?と思うのは最近の若い人だけで、50代以降の年寄りはなるほどと思うかもしれない。バブルが弾けたなんて言い方をするが、技術力も生産力も世界トップクラスだった日本は、魅力的なインターン先だったのだ。ただ、英語が話せないなどと言って尻込みをする管理職も多かったから、なかなか見つからないインターン先でもあった。案外日本は魅力的な仕事先だったのだ。

 実は、数年前にフランス人の学生から日本でのインターン先を探していると相談されたことがある。フランスで仕事をしている日本人は少なくないが、少々アカデミックな仕事に関わっていたので、相談しやすかったのだろう。だが、探すのは容易ではなかった。今時英語を尻込みしたわけでも、フランス語を恐れたわけでもない。当の本人は日本語を一所懸命勉強しようとしていたし、会話は英語で問題なかった。

 難しかった理由はコストだ。英語で尻込みしていた日本企業は、今ではコストで尻込みしている。人件費はとてつもなく大きなコストだ。会社を運営していれば、建物や光熱費などの費用もあれば、仕入れのための費用だったりも考えなければならない。でも、確実にかかる費用でかつ大きな金額となるのが人件費だ。インターン生に給与を払わないなんてことをやっているのは超短期の場合くらいで、研修だからタダってことはない。

 そんなわけで、最近ではコストが問題だから受け入れなくなってきた海外インターンだが、そのアメリカから来たインターン生は大変に良く仕事をする人で、あっという間に正社員と同じレベルで仕事をするようになった。社員の親睦会で日本のテレビの真似をして、周囲を楽しませることまでした。アメリカ人ってすごいなと感心させられたのだった。そのアメリカ人は日本人の仕事ぶりを見ていて、よく真面目に働くなと思っていたらしい。

 インターンの期間(確か半年だったと記憶している)も半ばを過ぎた頃、ちょっとした事件がおこった。インターン生の働いていた部門の隣の開発部門がやっていたプロジェクトが、中止となったのだ。インターン生の仕事の一部は、その開発部門の作っていた英語のマニュアルをネイティブチェックして校正することだったのだが、当然その仕事も無くなった。それどころか、そのプロジェクトが中止となった開発部門はしばらくの間仕事が無くなったのだった。管理職は浮いたリソースを別なプロジェクトに回すとか、次の仕事を探してくるとか、それなりに忙しかったのだが、若い人たちは特段することもなかった。だから出社してはくるものの、残務整理を多少する程度であとはおしゃべりをして過ごしていた。

 インターン生から見れば何事かと訝しむところだ。日本語で色々話をしていても、誰もインターン生には詳しく説明しなかったから、数日して異変に気づいたインターン生が質問をしてきた。「何で仕事をしないの?」という至極真っ当な疑問である。真面目だと思っていた日本人が遊んでいるのだ。そうだった、彼は日本語が分からないじゃないかとプロジェクトの中止を伝える。すると、インターン生の反応は意外なものだった。
「ああ、そういうことね。よくあるよね。契約解除になるのかな。次の仕事がすぐ見つかるといいね。」
ここはアメリカじゃない。終身雇用だから次の仕事待ちだ。そんな説明はややこしくてうまくできなかった。そもそもインターン生だって仕事が危ういだろうに、当たり前すぎて気にしていないのだった。

 人件費はコストだ。だから仕事がなくなれば解雇する。そのくらいの発想で動いているのがアメリカ社会でもある。逆にいえば、そのコストである人件費を効率よく運営して価値を生み出すのが経営だ。

 ここまでは理解しやすい。不思議なのは、コストのかかる人を効率よく運営するためには、マイクロマネージメントも必要だと考える日本人が少なからずいることだ。「お前には金がかかっているんだ。その金に見合った仕事をしろ。俺のいう通りにやれ。」である。まあ、分からないでもないが、たいてい言われた側の感想は、「やれやれ老害だ。」である。

 人件費はコストだと書いた。コストとは使い捨ての償却される費用である。だが、欧州では、これを文字通りコストだと思って経営してはいない。多くの国が日本のような終身雇用で、解雇すれば多額の費用がかかるが、育ってくれれば金を生み出す投資先だと思っている。

 つまり、人件費は投資。コストがかかるから自由に発想させて、良い部分を最大限掬いとるのが経営なのだ。もちろん投資だから、マイクロマネジメントは厳禁である。日本の常識で働いていると、何か事件が起きた時に、少々面食らうことになる。