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Floral Friday #124


流石に涼しい木陰にある紫陽花も花期を終え、街は真夏の花に入れ替わり始めた。梅雨の合間に差し込む日差しが目の奥に染み込んでくるようで、せっかくの陽射しであってもサングラスをかけて出歩くような強烈さだ。

良い週末を。

Bonne journée, Photo

切通し


 汗っかきの右足を滑り込ませたスニーカーの少しばかり擦り切れた緑色のキャンバス地と、短夜の霖雨に押されて声のしない雨粒の間を転げ落ちたクスノキの葉を踏みしめるゴム底との隙間に、梅雨時の湿気が染み込むのを気にしながら、また次の一歩を上へと押し出す切り通し。雨上がりでもなお雫を落とし続ける紫陽花の青は、僅かな雲の隙間に開いた青よりもずっと赤く、ガラスのような光を控えめに放つ。続く雨が時々落ちてくる見えもしない天の裂け目を見上げて嘆くより、肩ほどの高さに俯く紫陽花の真ん中に砕かれた金平糖が水色とピンクの粒に散らばる様を見ていた方が、きっと陽の光に届きそうだと足を止めて考える。谷戸の森に穿たれた向こう側の街に続く坂道を昨日の雨が流れ落ち続けている。初夏の落葉もアスファルトに積み重なって水を含み柔らかく、幾つも連なる坂道に疲れた足裏には幾分優しい。両方の足を交互にゆっくり押し出しながら、左手のタオルで額の汗を拭い、右肩の藍染めのサコッシュを右手で掛け直した。車の通ることもない切り通しは、やがて木々の空気にひんやりと静まり返っていた。

 鎌倉と言えば八幡様や大仏様、アジサイの季節なら北鎌倉の明月院といった知られた社寺が思い出されるが、そうした言わばメインストリートだけでなく、狭い谷戸に散在するお寺さんを探しながら歩くのも楽しい。たいていは谷戸を作り出した小川沿いに車がすれ違うのも難しいほどの狭い道が続き、その両脇に住宅が建つ。だから片側は、用水路となった小川を越えるように橋がかけられている。少し広くなった開けた所では住居は面に広がるが、広いと言っても見渡せる距離である。
 鎌倉駅から江ノ電で行く海側は比較的知られていていつでも混雑しているが、山側はあまり有名な場所が多くないからか海側ほどは人も多くない。谷戸を分ける尾根はさして大きくないとはいえ、何層にも重なる山で、鎌倉が天然の要害であったことは想像できる。小さな山でもそれを越える必要があっただけでなく、見通しが効かない。そんな谷戸と谷戸の間をつないで尾根を通り抜ける切り通しは、ちょっと楽しい。知らない隣の街にでも行くような気分だ。
 そんな切り通しを通り抜けて北鎌倉駅側から鎌倉駅側に向かって横須賀線の線路を越えたら、人力車がちょうど観光客を案内してきたところだった。その向こうをサーフボードを抱えたバイクが行く。マリンスポーツをするにも古都巡りをするにも、何もかもが小さな空間に押し込められた混然とした街が、都会の裏通りとは違った落ち着きを見せて、ちょっと落ち着く。
 今日は海を見てから帰ろうかなと鎌倉女学院の横をぬけ由比ヶ浜まで歩いたら、案外1万歩になった。
 歩いた頃はまだ材木座の海の家も建設中。きっと今頃は完成して海開きを待っているのだろう。

材木座海岸
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Floral Friday #123


鎌倉はふらっと散歩に行ける距離だというのに、ずっと遠ざかっていた。あえて理由を探すなら、混雑している場所を避けていたと言うところなのだが、それが特段の理由というわけでもない。通勤電車を郊外方向に少し行くだけなのだから、面倒がらずに家を出れば良いのだが、近いだけになんとなく億劫な感覚を持ってしまうというのが正直なところだ。でも、出かけてみれば案外楽しい。

北鎌倉の駅を降りて周囲を見渡せば、平日の朝だというのになかなかの人通りだった。誰もが明月院を目指して狭い道を歩き出す。別名あじさい寺。半分は宣伝文句だろうが、明月院ブルーなどと言われる紫陽花の名所である。でも、自分はといえば、そんな人混みを避けて街を歩く。でも、一箇所くらい知られたお寺さんにでも立ち寄りたいなと晴れ間の出た円覚寺を歩き、竹林に溢れる日差しと紫陽花をのんびり眺めた。

水曜日のWordless Wednesdayの写真と今日の写真はほぼ同じ場所。見ている方向と場所がほんの少し違うだけ。このくらい美しければ十分だと、明月院には立ち寄らず、反対側の谷戸に向かって円覚寺を後にした。