Bonne journée, Cross Cultural

paracétamol


 頭痛持ちである。若い頃から頭痛薬が手放せない。最初はアスピリンを常備薬にしていて、途中からイブプロフェンを使うようになった。最近はロキソプロフェンも普通に買えるようになったので、非アスピリン系の頭痛薬の歴史みたいな生活になってきた。
 もちろん、毎日飲んでいるわけではない。毎日頭痛がするわけでもないし、もし痛みを感じても、痛みがひどくなった時の具合で服用するか決めている。頭痛持ちの人には理解してもらえるかもしれないが、そうでないと危ない奴みたいである。親も同様だったので、体質の遺伝みたいなものかもしれない。
 写真の薬は、サノフィの痛み止めである。
 サノフィはフランスの大手薬品メーカーだからか日本だとあまり知られていないが、最近はアレグラの会社として知名度が上がっているようである。フランスのどこの薬局に行ってもこのドリプランという薬を売っているが、これもまたサノフィであり、主成分はアセトアミノフェンだ。つまり、子供でも飲めるかなり安全な痛み止めであり、コロナが猛威を振るった頃に売り切れになったカロナールと同様のものである。
 パッケージには、過剰摂取=危険と赤い文字で書いてあるが、実際のところ、フランス政府は、イブプロフェンは危険だからできるだけ摂取するな、アセトアミノフェンは普通に飲んでも大丈夫なんて言っている。だからなのか、フランス人はちょっと調子が悪いとこのドリプランを買って飲む。健康診断で行ったフランス人医師の部屋の壁にはポスターが貼ってあり、アセトアミノフェンは安全だから飲んでも良いが、痛みが続いたり、熱が下がらなかったりしたら、医者に診てもらえと書いてあったくらいである。連続して飲むことが問題ではなく、連続して飲まなかればならない時には、重大な問題があるはずだから医師に診てもらえということらしい。
 ほんとか?とも思うが、少なくともフランスではアセトアミノフェンは、かなり安全な薬とされていて、日常的に使って良いとされている。自分もイブプロフェンを飲み続けるのは躊躇われるため、痛みがひどくなければ、アセトアミノフェンにするようにしてきた。
 しかしである。よく見ると、500mgとなっている。日本のアセトアミノフェンは、300mgであり、痛みが酷ければ、6時間をおいてもう一度服用して良いとされている。300が2回なのだから600mgなわけで、フランスのこのドリプランは、1回で2回分に近い量を服用することになる。なんだか本当に大丈夫?とか思うのだが、きっと大丈夫なのである。何しろ、薬局に行ってドリプランがほしいと言うと、500か1000か?と聞かれるのである。500mgに決まっているだろうとか思うのだが、1000mgも普通に売られている。日本での3回分より多い。処方箋もいらない。日本なら簡単に買えそうな風邪薬に処方箋がいるフランスで、なぜか1000mgのアセトアミノフェンは、普通に買える。イブプロフェンを買おうとしたら、症状を根掘り葉掘り聞かれ、その上、飲み方を細かく指導されたというのに、アセトアミノフェンは顔パス。
 フランス旅行中に解熱剤が欲しくなったらこのドリプランを買うのが良い。薬局に行って、”doliprane 500″ と書いた紙を見せれば、きっとこれが出てくる。万が一、何か聞かれたら英語で押し通しても良いが、おそらくは言葉が通じないと分かればこれなら売ってくれる。きっと2ユーロそこそこ(400円以下)。それくらいお気楽な薬である。本当にそれで良いのか?という疑問はこの際捨てておく。
 なお、アセトアミノフェンは通じない。パラセタモル(paracétamol)と言う。これはイギリス英語でも同じなので、覚えておいて損はない。

Bonne journée

Yokohama Andante

2017年にYokohama Andanteというページを公開しました。もう、8年になります。久しぶりに眺めてみたら、どこか自分の作品の原点的な部分が感じられて、つい紹介したくなりました。リンクを残しますので、もしよろしければご覧ください。

In 2017, I posted a page called Yokohama Andante. It’s been eight years already. Looking back at it for the first time in a while, I felt that it was somewhere at the origin of my work, and I just wanted to introduce it. I will leave a link here, so please have a look if you’d like.

Bonne journée

習作 (study)


 夏風の青く輝く葉と葉の隙間から黄金色の陽光が漏れ出すコンペイトウのような夏至の日も、ねっとりとしたエメラルド色の空気が首筋に汗の跡を赤く残す甘酸っぱい梅雨も、やがてやってくる明日の楽しみと、やがてやってくる昨日の痛みと、通り過ぎて行ったばかりの今日の疲労とが、説明のできない明日への不安のように曖昧に混じり合っていた。
 何かが違っているのに、それが何か分からないもどかしさ。そして静寂。背負ったナイロンのバックパックのポケットを開き、人差し指と中指を差し入れて、パスポートがそこにあることを確かめた。

 時々、いつも不平ばかりを言っているような気がして、なんだか嫌な気分になることがある。それは、一時的なもので、本当に不平ばかりを言っているわけでもない。あの街の夏風は気持ちが良かったのに、ここはいつもジメジメしてばかりいるなんて言ってみたり、あの街の冬は長くて辛かったから、ここの夏が暑く感じられるんだなんて言ってみたり、八つ当たりもほどほどにしなければならない。
 そんな身勝手で曖昧な感覚を文字に起こしてみたらと思って書いてみた習作である。表現って難しいなとつくづく思う。この感覚を共有しようと思ったら、同じ追体験をしてもらわなければならない。それがこの文字だけでできるわけでもない。実感として、感じてもらうだけの文章力がなければならない。その点、自由度がある映像はいいななんて思うこともある。でも、映像表現をする側から言えば、表現したものしか伝わらないから、映像を見た人が同じ感覚になるとは限らないとか。やっぱり難しい。
 やれやれ、これも身勝手な八つ当たりか?

Bonne journée

Temple town


 門前町とはお寺さんの周りに発展した街のことだが、この写真の場所は城下町の中のまさに城の下にあるお寺さんの前の通りなので、門前と言われる通りである。こうした裏路地にはどういうわけか猫がのんびりしていることになっていて、この猫も横を誰かが通り抜けても気にすることなく休んでいた。

A temple town is a town that develops around a temple, and the location of this photo is a street in front of a temple located directly below the castle within the castle town, so it is a street that is called a front-of-temple street. For some reason, cats are known to hang out in these back street, and that cat was resting there without seeming to mind someone walking past him.

この隣の通りは、子供の頃には決して近づくなと言われた場所なのだが、確かに小さな飲み屋がいくつかあって、あまり子供の行く場所ではなかったように記憶している。

This neighboring street is a place that I was told never to go near when I was a child, and I do remember that there were a few small bars there, and it wasn’t really a place that kids would go.

 ある日、友達がいい加減なもんじゃ焼きの店に連れて行ってくれたことがある。確か私はまだ10歳かそれ以下だった。その友達はそこのすぐ隣に住んでいたのだ。子供心に何か危険なものがあるのか​​なと思ったりもしたが、何も起こらなかった。

One day one of my friends took me there to eat a local junk food. Probably I was 10 years old or younger. He lived just next block. I wondered if it could be danger. However, nothing happened.

 大人になって気がつけば、そこはさほど危険な通りでもないし、近年はおしゃれなカフェもできて観光客が立ち寄るような場所になっていた。

As I grew up, I realized that it wasn’t such a dangerous street after all, and in recent years, stylish cafes have opened there, making it a popular spot for tourists.

そんな裏通りの風景は、もはや何ひとつ覚えていなかったし、少し疲れた自分にとっては、何もノスタルジックを感じるようなこともなかった。少しだけ体を休め、次の場所へと移動した。

I no longer remembered anything about the backstreet scenery, and feeling a little tired, it didn’t bring any nostalgia to me. I rested for a bit and then moved on to the next location.

 考えてみれば門前町は観光地とかではなく、そのお寺に関わる人の住む街なのであって、生活の場でもあったはずだ。いつの間にか観光客になった自分は、その街にはもう関わりがないのだなと気がついた。

It is true that temple towns are not tourist destinations, but towns where people related to the temple live, and they should have been places of daily life. I realized that I had become a tourist without realizing it, and that I no longer had any connection to the town.

 用事を済ませてその街から帰る時、そばの花が美しく風に吹かれていた。

While I was returning back from the town after running some errands, the buckwheat flowers were blowing beautifully in the wind.