
The road continues, as far as the eye can see.
The street continues, as far as the feet can move.
道は続く、それが見える限り。
途は続く、その足が動く限り。
A Part of Mostly Monochrome Monday
capturing in prose

The road continues, as far as the eye can see.
The street continues, as far as the feet can move.
道は続く、それが見える限り。
途は続く、その足が動く限り。
A Part of Mostly Monochrome Monday

燃え続ける巨星が新たな炎の触手を伸ばし、
身震いする冷え切った惑星が、
捻じ曲がった重力場にしがみつく。
太陽風に揺れるのは音のない明日。
星と星を繋ぐ宇宙航路は冬の影のように静まり返り、
首を捻って遠くを見つめる生物が、
真っ直ぐ突き刺さる闇を避けようとする。
深淵に落ち込むのは忘れっぽい明日。
ジャッジャッと響く玉砂利の重力が、
忘れられた三輪車の側を流れ落ち、
太陽熱に温められた足元で流れ止まる午後。
振り向けば笑みを返す若い僧侶が通り過ぎる。
古い木屏に小宇宙ができていた。落ち着かない仕事に向かう道すがらの出来事を記す。

最近、気が短いらしい。色々な人が言い方変えて指摘する。
やれ、文句が多い、やれ、ケンカっ早い、やれ、少しは我慢しろ。いやはや、そんなに言われるなんて申し訳ない。きっと相当迷惑をかけているのだ。
若い頃は確かにそうだった。やれると分かっている事をいつまでもやらないのが大嫌いなのだ。問題があればとことん解決策を探す。だからやらない奴がいるとすぐにケンカした。
ひとりなら自分の責任だから自分で自分を怒っていればよかったのだが、仕事となると結局はチームプレイ。やるべき事をやらずに悩んでいるの輩がいるのが気に入らなかったのだ。
人間は誰だって間違う。仕事の早い遅いもある。苦手な事だってある。やってみたら大失敗したなんて当たり前だ。だが、やらないというのは許せない性分だった。苦手なのにやってみたら失敗したというなら喜んで助けるが、何もしないから失敗もしないという感覚は、どうにも許せなかった。
これが年齢を重ねるとそんなふうに思わなくなる。というか、他人は他人、それぞれの感覚があると理解できるようになるのだろう。仕方がないなと割り切れるとようになる。
ところが、最近は、再び「やらない」ことにイライラするようになったらしいのだ。原因の半分は分かっている。最近関わるようになった人に、やらずに待つタイプが多くなったのだ。その上、代わりに仕事をすると、「早すぎる」と叱られる。
でも、それはイライラするきっかけでしかないと自分では分かっている。きっと別な理由があるのだ。年齢かもしれないし、寒さなのかもしれない。ともかく自分が再び短気になったらしいと理解することが第一歩。
人それぞれ多様だから世界は面白い。違うからこそイライラするのだが、違うからこそ面白いのだ。誰にだって長所も短所もあって、その判断基準もそれぞれ。それで良いのだ。
なんて、思えるようになったのはひとつの進歩でもある。
でもなあ、
いやいや、冷静になれ。自分。
自分の思ったようにどんどん進めて、世界を変えようとしているヤツみたいになって良いのか?
いや、自分が何したって世界は変わらん。
そんなくだらない事を考える新年なのだった。
写真はもちろん、反省の白である。

It feels as though leaves keep on falling from the city sky, which has lost its blue color, eventually pooling up like water and being replaced by the colors of spring.
青さが失われた都会の空から葉が落ち続け、やがて水のように溜まり、春の色と入れ替わるような気がしている。
A Part of Mostly Monochrome Monday
