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Mostly Monochrome Monday #349


People walking along the same path in the park look back, not because they want to see where they came from, nor because they want to talk to you, but because spring is everywhere. Definitely you will do the same. That’s what spring is.

公園の同じ道を歩く人々があなたを振り返るのは、自分が来た場所を確かめたいからでも、あなたと話したいからでもなく、春がそこかしこにあるから。 間違いなく誰もが同じことをするでしょう。 それが春というもの。

A Part of Mostly Monochrome Monday

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #164


 以前住んでいた町の公園には、今頃の季節になるとあちこちにクロッカスがさいて、それを週末に眺めるのが楽しみだった。気候が違うからなのか、横浜ではほとんど見かけない。ちょっと北の街だったので、気温が違うからかなとずっと思っていたが、実は今頃の時期の気温は横浜とほとんど同じなので、そいうったことでもないらしい。
 クロッカスは咲き終わるとすぐにどこにあったかすらわからなくなり、初夏までには全く跡形もなく消えてしまうのに、どういったことなのか、冬が終わろうという頃になると不意に姿を現す。誰かが植えているのではないかと思ったりするが、そういう事でもない。春に急に現れて、用事が済むとさっといなくなってしまう妖精みたいなものである。桜咲く4月初旬の美しさも格別のものだが、一面に咲くクロッカスも忘れ難い。

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Mostly Monochrome Monday #348


The poppy flowers open one after another like fireworks, and these have no desire to grow their stems higher than the others just for flowering.

ポピーはまるで打ち上げ花火のように次々と花を咲かせるが、その花を咲かせるために他よりも茎を伸ばそうと考えているわけではない。

A Part of Mostly Monochrome Monday

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #163


 ちょっと出遅れたけれど、菜の花の黄色が眩しい春の風景はいいなと楽しんだ。最近は2月の終わりにはこんな風景が見られるようになった。だから、感覚的には春の花というより寒い季節の花みたいになっているが、こうやって見るとやっぱり春の花なのだ。

 ただ、こうして出遅れるとひとつ良いことがあって、桜のピンクと一緒に眺めることができる。先日ある田舎町の公共施設を訪ねたら、そこの掲示板には、桜の咲くローカル線と菜の花が一緒に楽しめますよと案内されていた。ポスターにはわざとらしいと感じるまでの見事な風景が掲げられていて、確かに行ってみたいと旅情を誘うものだった。冷静になって見れば、ソメイヨシノに菜花を合わせようとすると、だいぶ背ののびた菜の花になってしまうのだろうが、そんな細かなことは気にする必要はないのだろう。

 写真の菜の花は、おそらく間もなくトラクターでつぶされるのだろう。半分観光であっても半分は農業なのだから、畑にすき込んで土壌改良するために植えているに違いない。この後に何が植えられるのか、ちょっと気になる。