Cross Cultural, Photo

Floral Friday #187


 ホワイト・ジンジャーの花の季節は夏だと思っていたら、元々の種類は秋の花だと先日知った。そもそも熱帯から亜熱帯の植物という話もあって、ジンジャーといえばクリスマス頃のクッキーや飲み物の香りづけをイメージしていたから、だいぶイメージとは違う。その上、ホワイト・ジンジャーと生姜にさほど違いはないとのことで、観賞用か食用かの違いはあっても、ほんの少しの種類の違いでしかないらしい。ホワイト・ジンジャーなんて名前だから、生姜とは遠い別な種類かと完全に勘違いしていたのだった。
 もっと言えば、台湾や沖縄に咲く月桃は生姜の仲間であるが、かなり近縁らしいというのも意外だった。生姜の仲間であるとは知っていたが、花の形はかなり違う。確かに生姜の一族であることを強く主張するツンとする香りは紛れもなく生姜そのものだが、それは同じ科に属するという程度なのかと完全に誤解していた。勝手な思い込みというやつである。
 全く記憶にないところを見ると随分と前の話なのかも知れないが、昔はどこの家にもホワイト・ジンジャーが植えてあったとのこと。庭が小さくなったこともあって急速に姿を消したらしい。球根で横に広がっていくので、確かに現代向きではないのかも知れない。とはいえ、モノは生姜である。害虫には滅法強い。ほっとけば育つと聞いて、俄然興味が湧いてきた。でも、都会向きじゃないんだよな。

Photo

Mostly Monochrome Monday #371


When we see an unidentifiable shape, we feel uneasy, and our human bodies also contain various unidentifiable shapes.

得体の知れない造形を見るとどこか不安を覚えるものだが、人も相当得体の知れない造形を体のあちこちに持っている。

A Part of Mostly Monochrome Monday

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #186


 7月の後半にいつものように梅雨が明けて、梅雨明け十日の言い方通り良い天気が続いたと思ったら、その後もほとんど雨の降らなかった夏。
 ひと月以上も雨らしい雨にもあたらず、連日報道されていた雷雨も知らず、30度くらいまでしか気温が下がらない蒸し暑い朝と、35度を超える焼けるような午後にひたすら耐え、その暑さに慣れることもなく過ぎ去るのを待った夏。
 涼を求めてどこか遠くに旅することも、繰り返す灼熱の日々を受け入れることも、いつもの夏を思い出すことも叶わない程に身体に堪えた夏。
 その夏の終わりに突然降り始めた驟雨は、身体を喜ばせることも、心を楽しませることもなく、再び耐えて待つことを要求する雨となった。

 異常気象とかいう言葉で軽々に語るものでもなさそうだが、ひとまずは区切りがついて、ほんの少し秋に近づいたことを喜ぶべきなのだろう。やれやれ。