Cross Cultural, Photo

Floral Friday #229


 その表現が適切なのかどうかちっともわからないのだが、太陽の沸き立つプロミネンスが弾け飛ぶように見えた。水曜日の太陽は鼻にツンと来る金属臭を撒き散らしていたというのに、金曜日の太陽はどこか柔らかで、弾け飛ぶプロミネンスですら瑞々しく思えた。その太陽の表面には熱い息を吹き出す口が無数に開き、イソギンチャクのように通りかかる哀れな何かを待っているようにも見えた。焦げついた太陽の表面から伸びるピンクのプロミネンスには、よく見れば何かを掴み取るつるが延び、青臭い沼のような緑の宇宙でゆらゆらと揺れた。
 休日の朝、何かをするには汗臭く熱い空気がコンクリートのようにじっと漂っていた。

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Floral Friday #228


English text at bottom
 強烈な色が強い日差しの中で空気中に広がってくる。柔らかなはずの花弁は頑なに自己主張し、目の奥に紫が突き刺さる。
 そんな花壇の写真だったからボツにしていたのだが、捨てるには忍びないと持ち出した。数年前の写真なので記憶が曖昧だが、記録を見る限り、どうやら色の補正はしていない。夏至の頃は色まで眩しい。

Intense colors spread through the air in the strong sunlight. The petals, which should be soft, stubbornly assert themselves, and the purple pierces the back of my eyes.
I had scrapped this photo, but I couldn’t bear to throw it away, so I brought it out. The photo was taken a few years ago, so my memory is hazy, but looking at metadata of the photo, it seems that nothing were corrected.
Even the colors are dazzling around the summer solstice.

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Floral Friday #227


 この写真はもちろん撮りたての現在の風景ではない。何年も前に撮影したのだが、撮影した季節・時期という点ではひと月ほど前の6月上旬で、春らしさが溢れる光に感じられる穏やかな朝に、名もない公園を歩いていて撮ったものだ。

 それにしても、この感じは6月上旬というより5月じゃないのか?と感じられたとしたら、案外それは正しい。フランス北西部だったので、日本よりも少し季節が遅い。5月から6月にかけて、フランス北西部の季節は、日本に一気に追い抜かれる。ゆっくりしか気温が上がらないのだ。そもそもバラだって、紫陽花だって、長い間咲いている花なのであって、日本のように二週間で終わったりしない。春が長いのだ。その代わり夏は短く、7月に入ってようやく夏になったなと思ったら、8月半ばにはもう秋だ。

 美しく花が咲き乱れる春が長いのが良いか、夏はやっぱりしっかり夏であってほしいと思うか、季節感は人それぞれで良い。でも、今年の夏は早すぎる?このままだと、6月〜10月が夏ってことになってしまう。

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Floral Friday #226


 日差しがあるとなんだか楽しい気分になるのは、もしかすると生命を感じるからかもなどと、大袈裟なことを考える。いや日差しがないとそもそも生きていけない生き物なのかもしれないと考え始めた時点で、すっかり梅雨にやられていると言うものだ。花が咲き乱れ、蝶が舞う公園の片隅で、キラキラと輝く空気を感じていたいのは、当たり前と言えば当たり前なのだろう。
 雨降りが続いたって大きな葉の下では雨が止むのを待つ昆虫もたくさんいるし、先日切ったクズの葉からうっかり落ちてきた黄金色の毛虫だって、大急ぎで別な葉の下に隠れたくらいで、たまたま晴れたら目につく場所に命が湧いてくるように見えるだけなのだ。つるに躓いた右足の真っ白な靴の下に、どれだけの生き物がいるかなどわかるはずもない。
 大体において、梅雨の中休みで真夏のような日が来たらホッとするのかと言えば、そんなことはない。蒸し暑くてたまらんと不平を漏らすのだ。そんなことも含めて梅雨が続く。

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Floral Friday #225


 無数の真っ赤に熟したヘビイチゴが広がる道端の草原に足を踏み入れ、そっと絡み合った細い緑の葉の中を覗きむと、小さく髪の毛のように細い脚があちこちで動いていた。何かを狙っているのか、獲物を捉える罠を作ろうとしているのか、緑褐色の蜘蛛がヘビイチゴの上でじっとしていた。その様子を眺めていたら、その奥に広がるドクダミの花の場所まで進む気にはなれなくなったのだった。そしてふと考えた。この人工皮革の白いスニーカーの白いソールの下に、どれだけの営みがあるのだろうと。
 かつて沖縄のその先の離島の誰もいない浜辺で、珊瑚のかけらで出来た真っ白な砂と流れ着いた枯れ枝の間に無数の米粒のようなヤドカリを見つけ、ふと持ち上げた足の下からいくつものヤドカリが這い出してきたことを思い出した。アウターリーフの白波を遠く眺めながら、全く音のないその場所で、足元からは賑やかな声が聞こえたような気がしていた。
 早々に引き上げた日常の世界では、鶯が最後の囀りをいつまでも続けていた。