Bonne journée, Cross Cultural

Warm winter


(English text at bottom)

 1月上旬だというのに今日の横浜は17度ほどまで気温が上昇したようで、外を歩くのにも日差しの下ではコットンシャツだけでも十分な暖かさだった。春のような陽気に家庭菜園で作業する人や公園で遊ぶ子供たちも多く、すれ違う人々も皆コートを脱いで脇に抱えていたりした。
 寒い冬型になる前には低気圧が日本列島を通過していくわけだが、多分今日はだいぶ北を通ったのだろう。その低気圧に向かって南風が吹き込むから南関東には太平洋の暖かな空気が入り込んで気温が上がるのだとどこかで聞いた気がする。地球温暖化なのか、それとも毎年の恒例行事となったエルニーニョ現象の類いなのか、きっと誰にも分からないのではないかなどと、少々悲観的な見方をしてしまう。

 そんな暖かで日差しのある時には、室温も上がる。室温計は昼時には23度。午後には汗ばむほどになって、甘ったるいアイスコーヒーが飲みたくなった。
 コーヒーを飲む時はエスプレッソだろうがドリップだろうがいつもブラックで、その上コーヒーを飲んで眠くなるタイプだったからフランスでは変人扱いされた事もあったが、まれに甘ったるいアイスコーヒーが飲みたくなることもあるのである。つまりは、その甘ったるいコーヒーと普段飲むコーヒーは、自分の中で別物なのだ。
 ヨーロッパにはアイスコーヒーがないと書いているサイトもあるが、全くないわけでもない。確かにフランスのカフェには滅多に置いてないが、今時はスタバも進出しているし、スーパーに置いてあったりもする。ギリシャでは昔からフラッペというインスタントコーヒーを泡立てたアイスコーヒーがある。しかも名前はネスカフェだったりする。中身はフラペチーノみたいなものだが、氷が入っているとは限らない。ずっと庶民的な感覚の飲み物だ。
 あー飲みたい。

Even though it was early January, the temperature in Yokohama seemed to have risen to around 17 degrees Celsius today, and it was warm enough to walk outside in just a cotton shirt under the sunshine. There were many people working in their vegetable gardens and children playing in the park in a cheerful spring-like atmosphere, and everyone I passed took off their coats and carried them under their arms.

A low-pressure system passes over Japan before it becomes a typical winter atmospheric pressure distribution, but it probably passed quite north today. I think I heard somewhere that southerly winds blow into the low-pressure area, causing warm air from the Pacific Ocean to enter the southern Kanto region, causing temperatures to rise. I take a somewhat pessimistic view, thinking that no one will ever know whether it is global warming or a type of El Niño phenomenon that has become an annual event.

When it’s warm and sunny, the room temperature rises. The thermometer read 23 degrees at noon. By the afternoon, I was sweating so much that I wanted a sweet iced coffee.

When I have a coffee, whether it’s espresso or paper drip, it’s always coffee without sugar nor milk, and on top of that, I’m the type of person who gets sleepy after I drink coffee, so I was treated like a weirdo. It was when I lived in France. But on rare occasions, I find myself craving a sweet iced coffee. In other words, that sweet coffee and the coffee I usually drink are different things for me.

There are some websites that say there is no iced coffee in Europe, but that doesn’t mean there is no iced coffee at all. It’s true that they are rarely served in French cafes, but Starbucks has expanded into French market these days, and you can even find them in supermarkets.

In Greece, there has been an iced coffee called frappe for many years which is made by whipping instant coffee. Moreover, the name is maybe Nescafe. The filling is similar to a Frappuccino, but it doesn’t necessarily have ice in it. It has always been a soft-drink with a commoner feel.

Ah, I want it.

Books

A Book: コーヒーの真実

20130831-001時にナッツやフルーツを思わせる香り共に、苦味の背後に舌の奥に感じる酸味とかすかな甘みをたたえ、僅かに赤みを帯びた黒い液体は、世界中のテーブルの上で様々な思いを支えてきた。その歴史はいまだ詳らかではないが、古い伝説から現代のうんざりするようなビジネスの場まで、それは脇役としてあらゆるものを見続けてきた。世界中の街かどで、コーヒーは遥か遠くの風景さえも運び続けてきたのだ。そしていま、それは、苦味を包みこむミルクとともにアメリカ西海岸の空気をも運んでいる。つまり、Wi-Fiアクセスポイントと小さな仕事場と巨大飲食チェーンのフレンドリーな笑顔である。

テーブルに置いたコーヒーの深い色には、実際のところ、様々な要素が溶け込んでいる。伝説の一部を為すカフェインは、朝のひと時を爽やかにするかもしれないし、単にその場しのぎのリラックスと将来へのリスクが混じり合っただけの黒い液体でしかないのかもしれない。先日も一日4杯のコーヒーは寿命を縮めるという記事がネットや新聞を騒がせたが、少し前は適度なコーヒーが健康によいとも報道されていたはずである。

その淹れ方もまた然り。ペーパーフィルタはコーヒーの油分を奪うがフレンチプレスやネルドリップはそうした問題がないという人もいれば、サイフォンが最適だと主張する人もいる。エスプレッソはコーヒーの美味しいところを短時間で抽出すると誰かが語れば、それは上手く淹れられた時だけであって多量のコーヒーをサービスするためだけの機械にすぎないと反論する向きもある。時にはトルコのような鍋で淹れるのが正しいとか、飲んだ後の占いまで出来るとか、1杯のコーヒーの淹れ方だけで議論が巻き起こる。

そして、銘柄が生産地と共に語られるのもまたコーヒーである。テーブルに置かれたコーヒーの中には、世界さえもが詰め込まれている。ブラジル(Brasil)はサントス港(Santos)から積み出される豆は甘い香りを残し、キリマンジャロ(Kilimanjaro)の名で知られるタンザニア(Tanzania)の豆は強い酸味を残す。注文する銘柄を考えながら、そこに感じるのは世界の風景となる。モカ(Mocha、المخا)と聞いて誰もがイエメン(Yemen)を想像するわけではないだろうが、確かに世界がそこにある。横浜の港のそばのカフェで飲むコーヒーが、それを意図するか否かは別にして、ブラジルやキリマンジャロに思いを馳せるきっかけにすらなるのだ。

世界に思いを馳せながらこうも考える。ハワイ(Hawaii)のプランテーションにおけるコーヒー生産に日系移民はどのくらい関わっていたのだろうかと。そして知る。19世紀末にプランテーションと厳しい条件で契約しそれを支えた彼らが、世紀末におこったコーヒーの暴落で破綻した農園の一部を買い、その小さなコーヒー農園が今もハワイコナの一部であることを。アメリカ大統領就任式で供される伝統のコーヒーは、そうした歴史の一部を成しているのだ。

そうした政治と植民地主義的な歴史は、現代のコーヒー生産の一部を支えるベトナムにも及ぶ。一体、どれほどの人がベトナムとコーヒーを結びつけて考えるかわからないが、街のコーヒー販売店でそれは簡単に入手出来る。フェアトレードとう耳心地よい響きは、どこかで後ろめたさを感じる響きでもある。

恐らくは、アントニー ワイルドは、本書の最後にあるコーヒーにまつわる現代の問題点を書きたかったのだろう。そこに書かれた内容がどこまで正しいかは読者が自分自身で調べるよりほかはないが、そこに至る歴史を記す前半は、歴史の読み物として十分に面白い。実に、植民地時代からナポレオンの時代を経て現代に至るまで、コーヒーの歴史を書きながら、それはヨーロッパ史であるかのようである。300ページに小さな字でぎっしりと余白がもったいないと言わんばかりに詰め込まれた時代は、コーヒーを片手に読むには多すぎる分量だろう。読んだ後で、誰かとカフェで薀蓄を語るにはよいかもしれないが。

最近読んだ本

コーヒーの真実―世界中を虜にした嗜好品の歴史と現在 (白揚社)
アントニー ワイルド(Antony Wild) 著、三角 和代 訳

Bonne journée

Bonne journée (11)

20130216-004

寒いと熱いコーヒーが欲しくなる。夏でもホットコーヒーを飲みたいほうなので冬に限ったことではないが、寒い中で暖かくして飲むコーヒーは格別である。淹れたてのコーヒーの香りの甘さと苦味が一層強く感じる瞬間が心地よい。

グレイラインのバスに乗っていると、バスストップにあるコーヒーサービスで水筒サイズのカップにたっぷり補給するちゃっかり者を見かけたりするが、あれはコーヒーが妙に薄いからできるのだろう。フランスだと、特に注文をつけなければ濃くて香りの強いコーヒーが出てくる。もちろん量は少なめだ。だが、皆が濃いめのコーヒーが好きなのかと思いきや、そうでもないらしい。薄くしてくれと頼んだり、カフェインを抜いたデカフェを頼んだりする人も多い。大抵エスプレッソが置いてあるあたりは強いコーヒーが好きな人が多いということだろうが、もはやステレオタイプな見方なのだろう。シアトル系コーヒー店がほとんどないのはおそらく別な理由だろうが、従来型の見方は当てはまらないと考えた方が良さそうだ。ちなみに、コーヒーを最も飲む国はフィンランドだそうである。これまた、日本人が抱くイメージとは少し違うかもしれない。 Continue reading “Bonne journée (11)”