Cross Cultural, Photo

Floral Friday #195


 最近は(というか今年の夏からは)、カメラを抱えて散歩に行くことも少なくなりFloral Fridayのネタにも困るようになってしまった。何しろ暑かった夏は、カメラなど持ち歩いて写真を撮っている場合ではなかったし、ようやく最高気温が30度くらいまで下がってきたら、時間の余っているような日は、どういうわけか雨降りだったり、急用ができたりでままならない。このポストの初稿を書いている現在は、公開予定日が忙しいとわかっているので1週間前なのであるが、台風から変わった温帯低気圧が通過中で外は豪雨である。公開日までにテキストは書き換えられるが、写真は撮れそうにない。

 Floral Fridayは、FlとFrなので音的に多少似ていても頭韻にすらならないのだが、どちらかといえば、華金(花金)の意味も兼ねて日本語的に設定したテーマでもある。調べたところ、50代以上でないと伝わらない言葉だということなので、もし意味不明だったら調べていただきたいが、意味がわかったところでその雰囲気は伝わらないのかなとも思う。Webサイトを見ていると、華は豪勢な楽しみ方、花は庶民的な楽しみ方なんて書いてあったりして、どこでそんな定義が出てきたのだろうと「?」が浮かぶ。昭和は「花」と書いたが現在は「華」と書くという説明もよく分からないが、当時も今もどちらも書くので、本当に伝わらない言葉なのだなと思うのである。
 若い頃に華金に出かけたかと言われれば、金曜の夜は週末の準備で忙しくてそれどころではなかったと記憶している。確かにバブルが弾けてもしばらくの間は金曜の夜に遅くまでクラブで遊んでいたなんて聞いたし、そんな先輩や知人も少なからずいたことも事実である。自分はといえば、まだ若かったからそんな事もできなかったし、お金もなかったが、土日は早朝から出かけることが多かったから、金曜日は早く大学から出たり仕事を切り上げたりして、睡眠時間を確保する方が重要だった。おかげで、社会人になってからもずっと5時起きが続いている。

 そんなわけで、花の金曜日の意味であるFloral Fridayは、頑張って花の写真を使い続けているが、今回はキノコである。花のように赤い毒々しいキノコは、こうやってポストするとちっともFloralではない。どちらかと言えば、「華金」の夜を想像させる妖艶さを醸し出している。

 

Cross Cultural, Photo

Floral Friday #194


 月明かりがまだ眩しい早朝の住宅街に、金木犀の甘く冷たい香りが滲み出していたのは、たった2週間前だった。鼻腔の奥に少し湿った空気とその日にしなければならない事への躊躇が詰まっているような気がして、なんだか落ち着かない朝だった。過ぎて仕舞えばなんでもないことなのに、予定がわかっているとどこかで人は躊躇するものなのだ。だから忙しさにかまけて気づかずにいた金木犀の花が唐突に咲いたのは、少し驚くと同時にどこか安堵することでもあった。誰かが歯車を回し続けているのか、時は進み、もう来ないと思っていた秋がやってきていた。