Bonne journée

capturing in prose


 このblogでは、ずっとタイトルと共に ‘capturing in prose’ と書いてきた。おやおやそんなことには気づかなかったぞという向きには、たまにはBlogリーダーではなく l’atelier tanu | tagnoue のトップページにアクセスしていただいて、そのタイトルの下の部分を見ていただきたい。Webブラウザで直接見ているならこのポストのヘッダでも良い。
 正直に告白するならば、この少々斜に構えた ‘capturing in prose’ というコピーには特段の意味はない。in prose は、そのまま文字面だけを見れば「散文で」という意味であり、時に「面白みのない平たい言葉で」という意味でもある。それは、韻文に対する散文であって、抑揚に欠ける装飾もないようなつまらない文章というニュアンスがどこか見え隠れする。つまりは、 ‘capturing in prose’ は、単に説明的に捉えるという意味合いに読めなくもない。
 そんな言葉を堂々と書いているのは、決して謙遜とかではない。謙遜で私のblogには韻文のような美しさはないなんて言おうものならかえって鼻につくようで落ち着かない。
 事実だから書いているというつもりもない。プロの売れっ子の作家のようには到底行かないが、ここにアウトプットしている物には、ある程度の自信は持っている。たとえ独りよがりな自信であっても、面白みもないものだとは思ってはいない。少々読者層が狭いとか、ここがダメなんだよなとか、そんなところはあっても、無味乾燥なblogであるつもりはない。
 ここで言う ‘capturing in prose’ は、韻文のようなある種型にハマった詩的な表現ではなく、散文のように必要であれば言葉を重ねて、新たな見方で物事を捉えたいという意志みたいなものだ。だからずっとそう書いてある。

「いや、そんなふうには見えないぞ」

まあ、そう言わず。温かい目で見るのも時には必要ですよ。

Bonne journée, photo challenge

Lens-Artists Challenge #298: To Be Young Again


I have completely forgotten how to spend a May break, so-called ‘Golden Week’ of Japan, when everyone takes a short vacation. Traditionally, May the fifth is the day for children and large streamers in the shape of carp are displayed. Such scenes are far from my memories, and now I only notice them when we go shopping. This photo shows a lot of streamers, but I ceded the place to the children and did not go near them. When I look at the big tree, the big streamers, and the little children, I wonder if it’s okay to play innocently again.

Lens-Artists Challenge #298: To Be Young Again

The picture at bottom was taken last year, of course with being young at heart.

Bonne journée

Fragment: Imperfection


カーテンの隙間から引かれたオレンジ色の線
昨夜オフにしたグリーンの目覚まし時計
ブルーの混じった壁紙に映る微かな影
肩にかけ直すグレーのブランケット
窓の下に流れ続ける銀色の冷気
消えた常夜灯のグレーの文字
白く光る枕元のスマートフォン
緑色のカフェテーブルの広告メール
クローゼットのドアに挟まったジーンズ
公転面からの地軸と同じだけ傾いた枕
遠ざかる窓向こうのヒヨドリの声

 当面の執筆をやめている Imperfection という作品の一部を公開します。やめている大きな理由のひとつは内容に満足していないということなのですが、それは同時に、インスピレーションが錆び付いている感覚を持っていることでもあります。
 この詩片の最後の3行はどうしても気に入らないのですが、一度部分的に公開することで自分に対してなんらかの変化を期待しています。文章とはひとりでに進化するものなのです。

Bonne journée, photo challenge

Lens-Artists Challenge #296: Abstracts


I’ve been waiting for years for someone to challenge me on abstract photography. I really like those types of photos. I can’t say I’m good at abstract photography, but I don’t care. I like that. That’s enough.
The first photo is not a new one. You may have spotted something in the photo. Right, it was taken at an amusement park.

Lens-Artists Challenge #296: Abstracts

I didn’t do any special technics for the second one. All I needed to do was to turn off auto-focus.


I thought it would be interesting to apply different color mapping, such as negative/positive processing. It may give some kind of thunder-like image.
As part of “Mostly Monochrome Monday,” I plan to use the following photos again.

Bonne journée, Cross Cultural

2020年4月


 ふとしたことからiPhoneの古い写真を見ていて気がついたのだが、4年前の4月、つまり2020年の4月と言えば、コロナのパンデミックで世界中が右往左往していた時期だった。フランスは世界一厳しいと言われたロックダウンを宣言し、3月半ばから5月の半ばまで、自宅から1km以内かつ1時間以内の外出しか許されない厳しい外出禁止が施行されたのだった。例外は病院などに行く場合か、生活必需品を買いに出かける場合程度であって、必ず宣誓書と身分証明書を携帯することが義務付けられた。スーパーは開いてはいたが、人流は制限され、裏口を閉めるなどの管理措置が取られた。上の写真は、新たな指示があるまで閉鎖する旨が記載された張り紙である。

 今思えば、どうやって生活していたのだろうと不思議な感じがするのだが、それでもしっかりイースターのチョコレートは食べた記憶があるから、スーパーへの買い物程度はしっかりしていたのだろう。ロックダウンして暫くは買い物にも困ったわけだが、そのうち生活必需品の買い物は外出制限の例外という理解で良いらしいと言った情報が出てきて、大型スーパーでの買い物程度はできるようになったのは間違いない。

 そのイースターのチョコレートが生活必需品なのかどうかは色々意見があろうが、チョコレートは立派な食料品であり、イースターを祝うことはフランス人にとって重要な日常生活の一部ということらしい。今年のイースターは3/30だったが、イースターは移動する祝日だがら、3月末から4月末辺りをうろうろする。調べたら2020年は4/12だったようである。街中にはイースター飾りが溢れ、人通りのほとんどない路地を「生活必需品」を手にいれるために歩くのは、案外小さな楽しみとなった。

 無論、どんどん拡大解釈をする輩も現れるわけだが、羽目を外せば130ユーロの罰金が待っている。そこは真面目にロックダウンに従うしかないのだった。ロックダウン直前に会った友人が、次に会うときにはお爺さんみたいになってるねと笑っていたが、美容院は生活に必須ではないとしてクローズされていたから、案外冗談でもない。出社が許可された食品工場では集団感染が発生し、政府の措置もあながち極端とも言えなかった。テレワーク(フランス語ではテレとらばーゆ)しながら食料品を買うときのみ外出する生活は、実はその後も長く続いたのだった。