
偶然の一致のことを英語でcoincidence(コインシデンス)と言う。
”What a coincidence!”
は、
「なんという偶然!」
フラ語だとcoïncidence(コアンシダンス)。
« par une heureuse coïncidence »
と言えば、
「幸運な巡り合わせにより」
といった意味になる。要は、たまたま偶然に一致した(符合した)事実のことであって、有名なものに、ノルマンディー上陸作戦の暗号が解答になったクロスワードというのがある。
そのような大袈裟な(大ごとな)事ではなくても、日常の中にはたくさんの偶然の一致というのがある。
その昔、ロサンジェルス郊外の大きなホテルに泊まり、巨大なホールラウンジの隅で軽い食事をしていた時のことである。ダウンライトが輝き、賑やかな会話があちこちから聞こえてくる。まだ明るい時間帯だというのにカクテルを傾けるグループもあれば、書類を睨みつけながらビールを飲むサラリーマンもいた。自分は、コーヒーを飲みながらスナックをつまみ、同僚と世間話をしていたのだった。
そんな中、ウェイターがその巨大なラウンジの中をトレーを片手に走り回っていた。支払いは部屋につけてあるので、特段ウェイターに頼むこともない。ところがである。ウェイターのひとりが大急ぎでまっすぐ自分に向かってくる。なんだろうと思ったら「お電話です」と言う。ありがとうとお礼を言ってウェイターから電話を受け取ると、それはロスに住んでいる知人からの電話だった。会話は簡単に終わり、すぐにウェイターに電話を返したのだが、どうも腑に落ちない。その知人は、どうして私がそのラウンジにいると分かったのか。確かにロスに滞在することは伝えていたが、私がいつどこにいるかなど分かるはずもなかった。しかも、あのウェイターは、どうして私がわかったのか。知人が風貌を伝えたとしても見つかるわけがない。たとえ東洋人の顔立ちだと伝えたところで、ロスには無数の東洋人がいる。
頭を捻っていると、後ろを通り過ぎた集団に同僚が突然声をかけた。
「おいおい。こんなところで何しているの?」
そう言って、その集団と親しげに話している。聞けば、偶然同じホテルに滞在していた知人だそうだ。偶然だと同僚は言うが、だんだん奇妙な気分になってきた。確かにロスには仕事で滞在していたのであって、似たような仕事をしている知り合いがたまたま同じホテルに泊まることだってありそうではある。でも、その前の電話は偶然などあり得ない。
結局それ以上は何も起きなかったし、なぜ電話がかかってきたのかもわからないままとなった。
それから5年ほどして、自分はフランスの地方のホテルに滞在していた。ロスの時とは違う内容だったが、やはり仕事でそこに来ていたのだった。時間は夜の10時頃だった。
ホテルのレセプションで話をしていると、奥のエレベーターから出てきたのは、かつて仕事を一緒にしたことがある知人だった。何もこんなに広い世界なのに、フランスのこんな小さな地方ホテルで出会うなんて、あり得ないだろ。そんな会話をしたと記憶している。
偶然なんてそんなものなのだろう。
そう言えば、英語と津軽弁だったかは似ているといったような話もあった気がするが、これも偶然とはいえ面白い。
“Nous avons tant mangé.”(ヌザヴォン・タン・マンジェ)
意味は、「私たちは、たんと食べた」である。英語で言えば ‘so much’ を意味する ‘tant’ は、とてもたくさん=「たんと」である。まあ、正確に言えば、tantの最後のtは、通常は発音しないから、「タン」ではある。
そんなわけで、冒頭の写真はフランスの古城の庭である。どこか空間が歪んで見えるが、何か操作したわけでもAIで生成した画像でもない。