
ディズニー映画「美女と野獣」はフランスが舞台なので、映画の中ではたくさんのフランス語が登場する。とは言っても、例えばアメリカ人がフランス語を理解するわけでもないから、誰でも知っている単語だったり、知らなくてもなんとなくフランス語感のある単語という程度ではある。日本人が見たって「ボンジュール」と言い合う姿は理解しやすい。主人公のBelle(ベル)は「美しい」という意味だし、ガストンといつもいるLeFouは「おバカ」。街を歩きながら歌う「Belle(ベル)/朝の風景」の中には誰でもわかるバゲットが出てきたり、フランスの語感のあるprovincial(田舎の)という単語が使われていたりもする。
その「朝の風景」の軽やかなリズムに乗せてベルが本を読みながら歩く活気ある街の風景の中に、日本人にはあまり馴染みのない中世フランスらしい描写がある。街の建物の二階からたらいの水を撒くシーンである。ベルはどこかの店の前に吊るされた看板を手で押してその水を避けるのだが、その撒かれた水が流れるのがこの写真の溝である。いわゆる側溝が中央にあるものなのだが、石畳の路地の中央に凹みがあって、そこを雨水が流れ排水するようになっている。
写真は歴史的建造物としての「溝」ではなく現代に整備されたものであるし、流れているのは雪解け水である。単に道の中央に凹みをつける伝統がそのまま残っているというだけの話である。だが、その歴史を紐解くと、ちょっと違った世界が見えてくる。つまり、この中央の凹みは伝統ではあるのだが、古くは現代のような雨水を流すだけの目的では無かったのである。この凹みは下水だったのだ。中世のフランスには、下水道の仕組みはほとんどなかったから、生活排水はこの道の中央の溝を使って流されていたということらしい。
かのマリー=アントワネットがフランス国王となるルイ16世に嫁いだ時、母親である女帝マリア=テレジアは、あまりに田舎であったフランスに嫁ぐ娘を心配して大量の付人をつけたと記録に残っている。当時はオーストリアが欧州の中心であり、フランスは洗練された国とは言えなかったということらしいが、庶民の生活が貧しかったことは間違いない。田舎は特に整備されていなかった。上下水道が整備されたローマは、中世に完全に失われていたのだろう。上水道もないから、井戸から水を汲んで桶に入れ、家の中に置いておいたのだ。その桶の水で煮炊きをし、体を洗い、汚れた水は窓から投げ捨てられた。だから建物のすぐ外を歩く時は、注意して歩かなければならなかった。
ベルが避けた水は、夜の間に使った後の汚水だったはずである。爽やかな朝の風景も、写真の雪解け水も、そうした背景を頭に入れてみると、不衛生な感じがしてくる。汚水には、当然、排泄物も含まれている。専門の掃除夫がいて、その掃除夫が綺麗にした後でなければ、歩いただけでズボンは真っ黒に汚れたらしい。この「路央下水溝」が暗渠化されるのは18世紀以降。病気も蔓延するわけである。ディズニー映画は理想論でできているという事を言う人がいるが、それはある程度正しいとはいえ、案外真面目に歴史的考察が反映されているらしい。
最近はすっかり忘れていたが、元々このブログは比較文化論的な考察が主目的だった。まあ、国や地域による違いで驚かされたことを書き殴っているだけのことをかっこよく言っているだけで、大したことは書いていないのだが、急に思い出して書いてみた。興味がなかったら申し訳ない。いや、興味があろうがなかろうが、面白くなかったら申し訳ない。