
セイヨウトチノキという。栃の木の近縁種であって、フランス語でマロニエであり、栃の木を県木とする栃木県には、なぜかマロニエ・プラザとかマロニエ通りとかマロニエと名のついたものがあるが、マロニエは栃の木そのものではない(ややこしい)。マロニエという響きにフランスらしく少しファッショナブルな感覚を覚えることもあるかもしれないが、フランスの固有種でもない。話によるとトルコやギリシャ周辺からオーストリアを経て持ち込まれた外来種だそうだ。よく知られるようにパリの並木道などで使われているが、実際のところ、ヨーロッパ中の並木道や公園の植栽として重宝されている身近な広葉樹である。
まだフランスに来て間もない頃、もともと拠点としていた横浜よりもずっと多くのマロニエがあって、秋になるとたくさんの実が路上に落ちている様子をよく眺めていたものである。あまりにたくさんの実が落ちているのを見て、「あぁ、ここはフランスなんだな」などとボゥっとしていたら、知人がやってきて、
「それ、食べられないよ。」
などとつまらないことを言う。食べられないことも、フランス固有でないことも分かっているが、たまには感傷的な気分に浸りたいことだってあるというものである。いつも使っている駐車場にもマロニエの大きな木があって、秋になるとトゲトゲに包まれた実が無数にアスファルトの上に落ちるのだが、その実を車で踏むたびに「プツ」と悲しい音がする。その音を聞きながら、遠い異国の土地にいるような気分になることだって、あっても良いではないか。
その悲しい音がする実をじっと眺めれば、まるで栗のように焦茶色をして艶やかである。どう見たって胡桃なんかより美味しそうだ。でもアルカロイドを少し含むその実は食べられない。食して死に至ることもないそうだが、そもそも不味くて死に至るほどは食べられないという話もある。そこで思うのである、その不味い実を「マロン」というなら日本語で親しみのあるマロンとは一体なんだのだと。フランス人に言わせれば、
「マロニエの実がマロンなのは当たり前だ。栗(チェスナット)はシャテーニュ(châtaigne)と言う。」
いやはや、だとすれば、晩秋になると広場などで売り出す焼き栗(マロン・ショー:marrons chauds)はクリではないのか。それどころか、マロン(Marron)と書かれた栗が売っているし、マロングラッセだってあるじゃないか。結局よく分からないのだが、どうやらマロニエの実である食べられない栗とは近縁ですらないマロンと、大きな栗のひとつであるマロンと、マロン・ショーで使われる普通の栗とは異なるものらしい。
晩春になるとセイヨウトチノキは、白と赤の華やかな花を木全体に咲かせる。見てのとおり、その花はまるで毛虫のような栗の花とはまるで違って、街路樹ともなると爽やかな季節にぴったりの美しさである。写真は白だが、赤い種類もあって、まもなく夏がやってくるよと告げてでもいるかのようだ。良い季節になった。