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(Floral) Friday Fragments #265


 常磐自動車道を走っていたら、川沿いに黄色の帯。遠目にはなんだか分からなかったが、どうやら菜の花らしい。房総半島の菜の花は1月下旬には咲き始め、2月中旬には横浜も黄色でいっぱいになる。きっと種類がいくつかあるのだろうけれど、もう3月も半ばだから、遅いと言えば遅いのかもしれない。もう間も無く、薄ピンクの桜と終わりかけの黄色の菜の花が同時に見られる時期になる。一足早く咲く河津桜なら、あちこちでもう楽しめている。

 そうだった。この(Floral) Friday Fragmentsは、元々は季節の花の話題だったはずなのだ。なんて思い出したわけではない。近頃は暗い話題が多すぎるから、短くてもこんなネタの方が良いのかなと戻しただけだ。
 個人的にも病気をしたり(こんな書き方をすると弱っているような感じがするが、実際は至って元気で、長年気になっていた体調の変化の理由が病気のようなものと分かって、少々気にしているという程度)、仕事に課題があったり(というか、若い頃のように血気盛んにやれなくなったから、つい課題解決よりも妥協を選ぶという程度)、趣味の範囲でやってきたチャレンジが結果に繋がらなかったり(趣味の範囲なのに、プロに挑む自分の無謀さを受け入れたとい程度)と、なかなかスッキリとはいかない。
 それが人生というものだから面白いのだが。

 さて、次のイベントは何かな?気分転換しよう。

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(Floral) Friday Fragments #264


 群れるメジロを押しのけて蜜を吸うヒヨドリが、やがて飽きてしまってどこかにいなくなった頃、ようやく鼻がむずむずしているなと気付いたら大きなくしゃみ。鳥がいなくなった後でよかったなんて妙な遠慮をしている自分に気づいた。

 世界がきな臭いのは今に始まった話ではないが、最近はなんだかあまりにテンポが速すぎて、ゆっくりくしゃみをしているどころではない。落ち着かないニュースが世界をめぐり、欧州のWebサイトが見えなくなると不安を感じる昨日、それが思い過ごしでしかないとわかっていても、つい話題にしている自分が嫌になってくる。

 そんな時は散歩でもしているのが一番とばかりに外に出る。そうして大きなくしゃみで鳥を驚かす。申し訳ない。これでも春を楽しんでいるのだ。さて、そろそろ気分を変えて楽しく歩こう。

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(Floral) Friday Fragments #263


 沈丁花が甘い匂いを漂わせ、ミツマタが黄金に輝き、日当たりの良い場所の木蓮が早くも大胆な花弁を広げ始めた。カーテンを開けて外を眺めると、道を隔てた向かいの家の庭には、レモンのような透明感のあるミモザ。一気に春がきたらしい。
 散歩に出かけた公園で横浜寒緋桜を眺めていると、ヒヨドリが蜜を吸っている。ようやく冬も終わりそうだと気づいているのだろう。暖かな春なのだから、少しくらいのんびりすれば良いのに。なんて思うのは、人間だけなのかもしれない。やっときた春なのだから、きっとこれからが忙しいのだ。

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(Floral) Friday Fragments #262


以前にも書いたことがあるかもしれません。この公園の立札には、こう書いてあります。

ATTENTION 
BULBES
COLLECTION de NARCISSES

フランス語なのにほぼ英語。しかも、カタカナに書いても日本語として通じそうです。英語にするならこんな感じ。

Pay ATTENTION 
BULBS
NARCISSUS COLLECTION

きっと最初のAttentionの意味は、ご注目くださいという意図ではなく、ご注意くださいという警告ですから、英語のAttentionとは少し違います。なので、Payを添えてみました。また、球根の意味のBulbesは、英語なら最後のeが入りません。カタカナだったら

アテンション
バルブ・コレクション・ド・ナルキッソス

としても良いかもしれません。ガーデニング好きな方なら、球根と言わずにバルブということもあるだろうと思います。だったらナルキッソスの球根コレクションという方が日本語的です。

この最後のナルキッソスは、もちろんナルシズムの語源となったスイセンの花の意味です。ナルキッソスは、ギリシャ神話の中で自分に見惚れて死に至ります。水面に映った自分にキスをしようとして死んだとか、見惚れて動けなくなって痩せ細って死んだとか、色々なストーリーがあるようですが、自惚れたことの代名詞になっています。

このナルキッソスに恋をしたのが森の妖精エコー(Echo)です。最高位の女神であるヘラの怒りを買い、他人の言葉を繰り返すことしかできなくなったエコーは、ナルキッソスに退屈だと飽きられてしまいます。こんなところにエコーの語源が出てくると、なんだかギリシャ神話も身近だなと思います。

フランスに限らず、ヨーロッパでは、立て看板のようなものは景観を壊すためあまり見かけません。珍しかったので写真に撮りましたが、手書きで味があるので、案外邪魔ではありませんね。

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(Floral) Friday Fragments #261


 今週の話題は選挙。このBlogは本名で書いていないので、政治的立場に触れることはしないようにしています。匿名で政治的な表明を行うのは無責任ですし、そもそも読まれる方が楽しくないですから。
 というわけで、選挙と言ってもちょっと感じる日本人の態度の違和感の話です。いつもと違って、文体も変えました。多分、つまらない話題なので、読み飛ばしていただいて構いません。

 さて、そもそも「世界は」とか「日本は」とか書くほど世の中は画一的なものではないことは当たり前のことです。だから、日本は変だなんて書きません。でも、多分、読まれる方によってはそう感じる内容になっています。そう感じてしまう場合があることが、まさにその違和感の根源です。

 先日の選挙は、予想通りなのか、予想に反してなのか分かりませんが、自民党の歴史的勝利となりました。以前の民主党による政権交代と似た雰囲気も感じないでもありません。人それぞれの政治的立場もありますし、この結果がどんな影響として現れてくるかも現時点では分かりません。ひとつだけ、大きな変化があったという事だけは、おそらくは事実です。これだけ議席の様子が変わって、何もなかったねということはなさそうです。

 この結果を受けて、海外取引にも関わる仕事の現場で、為替レートがどうなるだろうという話題を振りました。
 輸入に関わる仕事であれば、現在の円安は致命的にもなりかねないレートになっています。たった5年前は125円だった1€が、今は180円となりました。10,000€の商品だったら、125万円を払っていたのが、今では180万円になっています。言い換えれば、もう5年も同じ水準の商品を買い続けているのに、55万円もの損失が出ることになります。その損失を徐々に値上げすることで凌いでいるのが現在の物価上昇と見ることもできます。
 円安が続くのか、円が元の水準に戻るのかは、大きな問題なのです。もう、ずっと円の価値は下がり続けています。円は世界的に見て相対的に弱くなっているわけで、選挙結果を受けてどうなるかの関心は、高くなっています。
 つまり、「今回の選挙の結果として、短期的に為替レートはどうなるんだろうね。」というのが話題の趣旨でした。

 その質問に対する回答はちょっと意外なものでした。「政治的な話題には触れるな。」というものだったのです。その背景には、積極財政だから円は弱含みかもしれないが、選挙結果に反するような趣旨の会話は相応しくないという雰囲気が強くありました。
 会話は、為替レートの話題であって、政治態度でもなんでもありません。でも、日本らしさなのか、どこかで少しでも政治にリンクする話題は避けたいという力が働くのだろうと思います。
 日本は、輸出入がなければ成り立たない国家です。少なくとも現時点では、避けようがありません。そうした輸出入という経済の話が、政治的態度と結び付けられて語られる雰囲気に、なんだか説明の難しい違和感を感じました。もちろん、今回が初めてではなく、この数年、ずっと感じてきた違和感でもあります。

 夫婦別姓やジェンダーの話がいつの間にか消えてしまった不思議な選挙でした。新しい価値観の話がいつの間にか昭和に戻った選挙だったのかなと思います。そんな古い価値観の戦いの中にポピュリズムが台頭した姿は、ある種、欧州の状況とも似たところがあります。
 でも、それ以上に経済の話を政治状況と重ね合わせてしまう雰囲気や、多様性の話を国際紛争と取り違えてしまう環境、そしてそうした会話を避けて忖度する社会環境には、不安を感じます。

 ここまで書いたことを読み返してみて、なんだかつまらない話題だったなと思います。でも、せっかく書いたので残す事にしました。
 海外と直接関わる仕事をしてきて感じる事には、比較的安全で快適な環境を日本社会に感じるということもあれば、相変わらず内向きで世界とリンクしていることを認識しない不安定な環境を日本社会に感じることもあります。たまには、そんな違和感について書いてみても良いかなと思ったのがこのポストの趣旨でした。