Bonne journée

Nous sommes ouvert


 « Nous sommes OUVERT » つまりは “We are open” 日本語なら「営業中」。
 このブログも私も、通常営業です。

 どうしてこの写真を撮ったかといえば、生きたフランス語を学ぶため。なんて訳はありません。その下に、Galette des Rois Maison(自家製ガレット・デ・ロワ)と書いてあったので、後で買おうとメモしたのでした。撮ったのは1月3日。間も無く公現祭という時期なので、あちこちに看板も出ています。前のポストにも書いた通り、クリスマスツリーもまだあります。

 さてさて、今年もぼちぼち頑張りますか。

Bonne journée

The last colours


Time flies.
We have almost completed another full trip around the sun. I hope your year has been full of success at the end. Soon we are going to start the next journey. Sometimes when we are looking back a year, it is likely to see negative aspects. However we know, once we start a new year again, we always find a glorious year in front of us. That’s why I decided to post these photos with full of colours.

Bonne journée

あずき色の宇宙


あずき色の宇宙から湿った明日の予定が流れ落ち続け
首筋のすぐ後ろにある真っ黒な夜が
赤と緑のカラカラした音を立てて
今日の灰色のざわめきを追いやっていた。
消防車の通り抜けた交差点は遠い電磁波のように溶け落ち
額の上にのしかかった鋭利な夜が
定規で引いた硬い線を引き裂き
今日の冷たい机の汚れを消し去ろうとしていた。

目に見えないほど小さな星に向かう宇宙船が焔を放ち続け
こめかみを揺らす青白いエンジンが
ありもしないぶつぶつとした音を呻めいて
冷蔵庫に残された食べかけのパンを思い出させた。
すれ違う隣の住人のミニヴァンはまもなく記憶から抜け落ち
踵に張り付いた小さなマメの鈍い痛みが
受け取ってもいない手紙の予定を消し去り
忘れかけた日常の中の特別でもない明日を呼び出した。

またやって来る今日と同じ明日を
また温める昨日と同じシチューを
また繰り返す明日と同じ今日の夢を
いつのまにか思い出す帰路。
背中のリュックから取り出す冷たい鍵の朧げな回転と
ポケットから取り出す生暖かいスマートフォンの凍った光と
暗闇で見えなくなった郵便受けから探し出す空っぽの空気と
いつの間にか点いた玄関の灯り。

「また独りよがりな詩をアップしてるの?」と呆れられそうだが、ビョーキみたいなものなのだ。病気ではなくビョーキ。この違いを強調しているあたりを斟酌してくださると嬉しい。

 たまには作者の解説。

 仕事の帰り途に思うことはふたつあって、なんとなくモヤモヤした仕事の引っかかりのような気分がそのひとつである。あれって、こうしたほうが良かったかな?なんて反省するならまだ良い方で、しなきゃ良かったかな?と後悔するようになると気分が落ち込んでくる。もう帰るだけだというのに、「引きずっている」状況なわけだ。良いことだって沢山あったのに、案外思い出すことはない。

 もうひとつのことは帰った後のことで、何ひとつ心配することもないのに、もう明日のことを考えている。温かな食事とか、リラックスして家族と過ごす時間とか、楽しみが沢山あるだろうに、不思議とその先まで考える。どうしてだろうと考えると、きっと繰り返される日常に何か重さのようなものを感じているのかななんて思い当たるが、定かではない。

 ただ明確なのは、特に秋から冬にかけて、暗いうちに仕事に向かい暗くなって家に帰る毎日が、まるで宇宙船に乗って漂う無限の旅のように感じることがあると言うことだ。

 

Bonne journée

病院と温泉

 温泉では人前でも裸になるのに、病院で超音波診断を受けたり心電図をとったりするのが気恥ずかしい感じがするのは何故なのか?いや、そんな奴はあまりいないのかも知れないが、少なくとも自分はそうだ。
 自分なりに理由を探せば、きっとインタラクションがあるからなのだ。痛くないかとか、苦しくないかと聞かれると、そこに会話が生じるからだ。会話が生じると、途端にその空間はプライベートなものではなく、パブリックな空間に感じられる。周囲が単なる環境ではなくなってしまうのだ。医師や看護師がサッカーのレフリーのように石と同じに見えれば何でもない。でも、石ころなんかではありえない。カーテンが閉まっていようが、病気といった極めて個人的なものであろうが、会話があった瞬間に、交差点のど真ん中とさして違わなくなる。
 そんな事を考えていたら、温泉だって会話があると気がついた。
「今日は寒かったねえ。スキーに来たんでしょ。若くていいなあ。」
なんて話をするのは悪くないし、会話がない温泉も妙だ。つまりはパブリックな場所ではないか。そんな場所で裸になるのは恥ずかしくないのはおかしい。しかも、温泉は本当に裸だが、病院ならちょっと服をはだけるだけではないか(はだけるは、開けると書く)。温泉と病院の違いは何なのか?
 病院が気恥ずかしいと感じる人はあまり多くはないらしい。白衣恐怖症(医師を見ると血圧が上がったりする症状)なんて言われたことと関係があるのかもしれない。

 調べてみると、心理学的には、恥ずかしさとは、「自己評価が低く感じる時の反応」なのだそうだ。複数のサイトにそう書いてあるから、きっとそうなのだろう。ホントかどうかは調べていない。
 勝手に想像するなら、人前で間違えたから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。場違いな薄汚れた服を着ておしゃれな場所にいるから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。身体が弱っているかもしれないから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。もしそうなら、超音波で内臓が弱っているのが見えるから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。心電図で変な波形がわかるから「自己評価が低く」なって恥ずかしい。そんな風に具体的に言えるのかもしれない。
 でも、どこか違う。きっと、感じている恥ずかしさの意味が違うのだ。結局よくわからない。

 さて、湯あたりするのであまり温泉には行かないのだが、若い頃はスキーに行くと温泉に浸かることも時々あった。ホントに苦手で、もったいない事に長時間は楽しめない。少し暑い湯に足をつけてもみほぐすだけでも、スキーの疲れが和らぐというのに、いつも烏の行水だ。
 ある時、温泉の脱衣場で服を脱いでいると小学生くらいの男の子が一人で入ってきた。温泉で子供がひとりというのも気になるので、声をかける。
「ひとりなの?お父さんは?」
「部屋でビール飲んでる。ひとりで行けって言われた。」
慣れたもので、ひとりでも着替えやタオルなどをバッグに入れて持っているし、棚の使い方もわかっているようだった。きっといつもこんな感じなんだろう。物怖じせず、大人のように何でも自分でやれるようだった。そんな様子を見て、まあ大丈夫だろうとは思ったのだが、流石にひとりは心配なので気にしながら温泉に入ることにした。
 その少年はテキパキと服を脱いできれいに畳み、持ってきたバッグに入れて棚に置くと、別なところから白いタオルを取り出した。
「鍵付きじゃなくて大丈夫?こっちのロッカーなら鍵かけられるよ。」
そう声をかけてみたが、余計な気遣いだったようだ。少年はハキハキと答えた。
「大丈夫です。貴重品は持っていません。」
しっかりしたものである。
 自分も脱いだ服をしまってロッカーに鍵をかけると、少年が何か言いたげにこちらを向いていることに気がついた。一緒に風呂場に行きたいのかもしれない。
「じゃ、一緒に行こうか。ここ、ちょっと寒いよね。」
そう誘うと、もじもじしながら少し間をおいてこう言った。
「あの、僕も大人になったらそんな風になりますか?」
一瞬意味がわからなかったが、下腹部を向いた視線でようやく飲み込めた。
「体重は何キロ?」
「38キロです。」
多少背丈はあったが、ひょろっと痩せて見えた。
「じゃあ、僕の半分より少し重いくらいかな。これから大人になっていくと背も伸びるし体重も倍になるでしょ。そしたら大人と同じ形になるよ。」
少年はじっと見つめたままだった。
「何か心配?大丈夫だよ。お父さんにも聞いてみたら?」
「なんか恥ずかしいし。」
少年はそのままタオルを持って風呂場のドアを開けて入って行った。小学校の3年生くらいかなと思って話をしていたが、受け応えがしっかりしていたから案外高学年だったのかもしれない。十歳から十二歳くらいの頃は微妙な年齢だ。
 自分もそうだった。まだ大人には遠いのに、どこかで大人の感覚も持ち始めている。泊まりがけの学習や修学旅行で友達と一緒にお風呂に入れば、友達の体格を見て色々学ぶし、心配にもなる。
 少年にとっては裸を見られることよりも、父親に聞くことの方が恥ずかしいことだったのだろう。まだ性的な恥ずかしさをあまり強く感じてはいないが、気になりだす年齢だ。親に聞くことのためらいや自尊心はあっただろうと想像できる。
 しばらくして湯船に浸かりながら当たり障りのない話をし、やがて会話もなくなって、湯気が煙ってよく見えない窓の向こうの雪を見ていた。すると、少年は軽く会釈をして出て行った。

 少年に真剣に聞かれた自分もどこか恥ずかしさはあったが、そうは言っても温泉に浸かること自体にはさして恥ずかしさは感じるものでもない。それが、病院であるとどうにも落ち着かない。その差はやっぱり分からない。
 ひとつ明確に言えるのは、白衣恐怖は治るとかいった類のものでもないという事だ。やれやれ、この先病気をしたらやっていけるのか。

Bonne journée

YOKOHAMA


 住む街や住む国に愛着を感じるタイプの人間ではない。そう思っていた。生まれ故郷の街が正直に言えば好きではないというのが原因かもしれない。その生まれた街には、もう、子供の頃に遊んだ川も森もない。若い頃に住んでいた街も、嫌いなわけではない。でも、また住みたいとは思わない。生活するには気候が合わなかったと言うのが理由である。長い間住んでいる横浜に愛着があるかと問われれば、よくわからない。税金は高いし、色々と都会の不便さがある。フランスの片田舎に住んでいたこともある。その街に戻りたいかと言えば、強い希望はない。言葉の問題もあるが、移民には優しい街であっても、何もかもが快適というわけにはいかない。

 それでもふと思う。何のストレスもない理想の街などありえないし、色々課題もあるから面白いのだと。そう思い始めて、横浜に愛着を持つようになった。足りない部分は足りている場所に行けば良い。車で1時間も走れば雄大な自然だってある。コンクリートと鉄の街でも、美しい。

I’m not the type of person to feel attached to the city or country I live in. Or so I thought. To be honest, maybe it’s because I don’t like the city where I was born. The river and forests where I played as a child are no longer there. But then I suddenly think, there’s no such thing as an ideal city with no stress at all, and that it’s the many challenges that make it interesting. That’s when I started to think that, and I began to feel attached to Yokohama. If there’s something missing, you just need to go to a place that has it. There’s also magnificent nature just an hour’s drive away. Even a city of concrete and steel can be beautiful.