Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #251


 これを花と言うのか?とお叱りを受けそうなのだが、そこはふたつの意味で開き直るのである。
 ひとつは、紫陽花の花の終わりの美しさはこうした茶色になったところにあると思っていると言う点である。枯れた花じゃないかと言われるかもしれないが、翌年の美しい花のために切られてしまう紫陽花の花が、実は枯れて朽ちる頃に妙な美しさを示すのだと本当に思っている。この微かに残った赤と乾燥した空気がマッチするのだ。だからつい探してしまう。
 もうひとつは、あまり書きたくないのだが、ずっとFloralと書いてきたこのシリーズも、もはや花だけではなくなっていて、冬はFloralではないテキストを書いていたという事実である。Floralは「花の」と言う意味であると同時に、「花柄の」とか「花のような」といった意味もある。
 えっ?やっぱり言い訳?はい、言い訳です。

2 thoughts on “(Floral) Friday Fragments #251”

  1. 同感です!
    紫陽花こそ、朽ちていくときに一番魅力的に光ると思います!
    少しメタリックであったり、抽出されたような最期の色を見せてくれたり。美しく終わっていく紫陽花に出会うと嬉しくなります。

    1. ご同意、ありがとうございます。この朽ちた紫陽花こそ、切なくも長い時間の切れ端みたいな美ですよね。写真集あったら買っちゃうかもってくらいです。

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