Bonne journée, Cross Cultural

午後の日差し

 ワインのコルクを抜くにはまだ少し気が引ける、乾いた薄緑色の日差しが降り注ぐ午後5時、早くも登場したアイスクリームスタンドの店先ではカラフルな宣伝文句が風に吹かれ、埃っぽい石畳の上を白のTシャツと黒のタンクトップのカップルが暇そうに揺れ動く。旧市街の広場は初夏のような陽気を楽しむ人々で溢れかえっていた。まだ薔薇の花芽も出ない4月だというのに温度計は20度を示し、深く考えもしないで持ち出したコートは行き場もなく脇に抱えるのみ。これでようやく日常が戻ったのだと言い聞かせながら、旧市街を淡々と前に進むので精一杯だった。
 フランスでCOVID-19の規制がほぼ撤廃されてからひと月程が経過した。その間に夏時間が始まり、ウクライナ情勢は長期化の様相を見せ、夏のバカンスの予約が始まった。感染状況が改善したわけでもないが、病院にも少し余裕ができて、感染はもはや日常となったのだ。人口6000万人に対し毎日10万人以上が感染していてもほとんど誰も話題にしないし、ほとんど誰もマスクもしていない。旧市街の広場は、2年前の春をコピーでもしたように、すっかり元に戻ったようだった。
 誰に聞いても今の状況はゆるすぎだと返って来るというのに、それでも誰もマスクはしないというのは二枚舌なのか、それで十分だというのか。これから銀行に行って担当者と相談しなければならないからと、しっかりマスクをして銀行に向かう自分が宇宙人にでもなったような気分だった。

 人混みの中をようやくたどり着いた銀行で担当者を待つ時間は、じっとりとかいた汗を乾かすのには短すぎたが、呼吸を整えるには十分な時間だった。
「マダム、今日は5時にランデブーがあって来たのだけれど、えーと」
未だに慣れないフランス語で話しかけると
「それは私ね。はじめまして。」
と返って来た。フランスはずっと以前から銀行のカウンター窓口を廃止しているから、何か面倒な処理が必要なら予約を取ってオフィスを訪ねることになる。今回は担当者が代わってはじめての訪問だったこともあって、名前もろくに覚えていなかった。確かナタリー何某だったような気がしたが、ナタリーなど山ほどいるし、初対面であれば少なくともファミリーネームで呼ばなければ失礼だ。単にマダムといえば良いので名前が分からなかったからといって困ることなど何もないのだが、会話をしなければ何も始まらない国だから、名前くらい覚えておくほうが良い。
 銀行の担当者のオフィスに通されて机の周りを見渡せば案外乱雑である。今どき机の上に書類が山積みなのもどうかと思うが、その山積みの書類のチリがあっていない。
「えーと、ちょっと待ってね。今日の書類はここにあるはずなんだけど。」
そう言いながら、オフィスの壁に備え付けられたキャビネットの中にある書類の束を取り出すと、パラパラとめくり始めた。真っ直ぐに揃ってなどいない数十枚ほどの紙切れは、時に隅っこが折れ曲がっていて、彼女の手の上で面倒そうに動いている。折れ曲がった紙を時折のばしつつ取り出された1枚は、確かに自分が送ったものだった。
「ああ、これね。この住所はあってる?番号もあってるし、記載に間違いはないわね。本人に間違いないと。」
 IDカードと顔を見比べながらひと通りの確認を終えて、キーボードをカタカタと叩き始めたのを見てホッとする。やれやれ、あまり面倒なことはなかったなと。銀行支店を訪ねて5分後には担当者と会い、さらに10分後には書類の確認を終えたのだから文句はない。何をどう間違えばそうなるのか、前に来た時には突然数十枚の印刷が始まってひどく待たされた。それどころか印刷を終えた書類を見て、「あっ、これじゃない」などと言う。それに比べればあっさりしたものである。
 さて、そろそろ帰れそうかな、そう思った時である。コンピュータの画面を覗き込んで彼女はこう言ったのだ。
「あら、このサインじゃダメかも。」
 やれやれ、時間がかかりそうだ。結局銀行を出たのは30分後だった。よくある話だ。しっかり予約を取って向かっても、事前準備などしてあったことがない。それがやり方なのだ。それでイライラしても始まらない。そんなものだ。そこでフランス人に聞いてみるわけである。あなた方はちょっとした準備がないが故にトラブルになったり待たされたりする時、どうして我慢できるのだと。答えはいつだってシンプルだ。我慢ならないし、イライラもするが、だからといって何も変わらない。
 銀行の担当者のマダムは、接客業であってももうマスクなどしていない。顧客もほとんどマスクはしていないだろう。知人に聞けば、「いったいどんな条件になったらマスクははずしていいんだ?もうワクチン接種者の重傷者数は増えていないんだから、政府だって義務を終えると決めたのだ。いつまでも条件もなしに続けるなんてあり得ない。終えるための条件をある程度満たせれば終えればよい。」だそうだ。それでも以前とは違うことが一つある。マスクは感染予防にも効果があって、マスクをしていることは決して変なことではない、という共通認識ができたということだ。だから、不安を感じる人はマスクをすればよい。暑苦しいと思えば外せば良い。誰もが一律にルールに従うべき時期は過ぎたのだという認識なのだろう。もしかすると、そんな文化だから「非人間的な」銀行のカウンター窓口を廃止できたのかもしれない。

 エアコンディショニングの効いた銀行のオフィスから20度にもなった初夏のような暑さの街へのドアを開けると、乾いた空気が頬にあたり、沢山の行き交う人の会話という騒音の中にストリートミュージシャンの歌声という騒音が混じり合っていた。歩行者専用となった通りの石畳の隅っこにある平らな部分を選んで、巧みに電動キックボードが走り抜けていく。どこにだってルールを守らない輩はいるものだ。いや、電動キックボードは法では規定されていないから、守るべきルールなどどこにもない。それでもほとんどが自転車専用路を電動自転車と同様に走っていく。緩い国だがそのためのインフラが準備されているのもこの国なのだ。
 FFP2のしっかりとしたマスクを直しながら次の目的地に向かう5時半の旧市街は、まだまだ陽の光がジリジリと暑いエネルギーに溢れた街だった。

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