
コンクリートの壁を横切る微かな光に、
線香花火のようなハゼランの実が
チチと音を立てていた。
その真紅のスパークは夜よりも昼下がりに輝き、
そのエメラルド色の発射筒は控えめに揺れ動く。
ようやく過ぎ去った溶鉱炉のような秋が、
街に残した翌年の宿題。
さて、どうしたものか。やりたいことはいくらでもあるというのに、そのやりたい事が多ければ多いほど、時の進みは加速する。先日まで待ち遠しかった週末が、今は月曜日を迎えた途端にやってくるようだ。その暴力的なまでに加速する時を味方につける術を未だ知らない。
capturing in prose

カメラが売られなくなって久しい。各種統計情報を見るまでもなく、世の中からカメラ屋さんが減り、カメラ屋さんにとって変わった電気屋さんにもカメラが置かれなくなり、気づけばコンパクトカメラがそもそもあまり生産されていない。今やカメラといえば、業務用か高級なものということになっている。そんな状況を嘆くかと言われれば、自分も基本的にはスマートフォンでしか写真を撮っていない。時々古いカメラを持ち出して撮った写真をこのblogでは使っているが、それも徐々にスマートフォンの写真に置き換わりつつある。それで十分なのである。
このポストでもスマートフォンの写真を使っているが、「それで十分」というのは、個人で楽しむ分には十分な品位の写真が撮れるからという意味が隠れている。ある意味少し消極的な理由であって、本当は良いカメラを使った方が良いのだけれど、この程度ならスマートフォンでも問題ないと割り切っている感じである。ところが、最近は、スマートフォンの方が面白いというむしろ積極的な部分を感じている。
巨大な一眼レフやそれに代わった業務用ミラーレスだったら上の写真は撮っていない。ポケットに入っていたスマートフォンだったから、さっと取り出して写真を撮ったものだ。まるで花が咲いたようなカラフルな赤と青い背景に気がついたから、仕事での移動中にスマートフォンを取り出して、30秒だけ立ち止まって撮ったのだ。被写体までの距離はごく近く、見た目以上に実物は小さい。
下の写真も同様にスマートフォンだったから撮った写真である。まるでソフトフォーカス・レンズかフィルタを使ったようなぼやけた画像で、フォーカスがどこにあたっているのかもわからない。これが大型のミラーレスカメラならピントを追い込んで撮っている写真だが、そんな写真はきっと面白くない。このボケたような画像は画像処理の結果なのであって、要はスマートフォンが画像処理に失敗したからこそ撮れた写真でもある。良い写真ではないかもしれないが、少なくともつまらない写真にはならなかった。背景の紅葉が、花が咲いたようにすら見える。写真はそんなところも面白い。


最近は(というか今年の夏からは)、カメラを抱えて散歩に行くことも少なくなりFloral Fridayのネタにも困るようになってしまった。何しろ暑かった夏は、カメラなど持ち歩いて写真を撮っている場合ではなかったし、ようやく最高気温が30度くらいまで下がってきたら、時間の余っているような日は、どういうわけか雨降りだったり、急用ができたりでままならない。このポストの初稿を書いている現在は、公開予定日が忙しいとわかっているので1週間前なのであるが、台風から変わった温帯低気圧が通過中で外は豪雨である。公開日までにテキストは書き換えられるが、写真は撮れそうにない。
Floral Fridayは、FlとFrなので音的に多少似ていても頭韻にすらならないのだが、どちらかといえば、華金(花金)の意味も兼ねて日本語的に設定したテーマでもある。調べたところ、50代以上でないと伝わらない言葉だということなので、もし意味不明だったら調べていただきたいが、意味がわかったところでその雰囲気は伝わらないのかなとも思う。Webサイトを見ていると、華は豪勢な楽しみ方、花は庶民的な楽しみ方なんて書いてあったりして、どこでそんな定義が出てきたのだろうと「?」が浮かぶ。昭和は「花」と書いたが現在は「華」と書くという説明もよく分からないが、当時も今もどちらも書くので、本当に伝わらない言葉なのだなと思うのである。
若い頃に華金に出かけたかと言われれば、金曜の夜は週末の準備で忙しくてそれどころではなかったと記憶している。確かにバブルが弾けてもしばらくの間は金曜の夜に遅くまでクラブで遊んでいたなんて聞いたし、そんな先輩や知人も少なからずいたことも事実である。自分はといえば、まだ若かったからそんな事もできなかったし、お金もなかったが、土日は早朝から出かけることが多かったから、金曜日は早く大学から出たり仕事を切り上げたりして、睡眠時間を確保する方が重要だった。おかげで、社会人になってからもずっと5時起きが続いている。
そんなわけで、花の金曜日の意味であるFloral Fridayは、頑張って花の写真を使い続けているが、今回はキノコである。花のように赤い毒々しいキノコは、こうやってポストするとちっともFloralではない。どちらかと言えば、「華金」の夜を想像させる妖艶さを醸し出している。