Art, Books

A Book: Paris France

20130707-001多かれ少なかれ、フランスには洗練された優雅さを、パリには揺るぎない歴史の重みと時代の先端を急ぐ喧騒を感じるものである。少なくとも、アメリカ人や日本人には、どこかそんなところがある。それは、化粧品の匂いであったり、ワインのボトルに書かれた文字の小さなアクサンテギュ(accent aigu) であったり、新聞広告に使われたエッフェル塔(la tour Eiffel)のかすれた写真であったりする。そしてその憧憬は、100年の昔も今も変わらない。

藤田嗣治(Léonard Foujita)がパリに向かったのも、現代の旅行者がパリのアパルトマンに滞在するのも、その期待や意図は大きく違っているかもしれないが、どこかに憧れに似た感覚で共通しているに違いない。カフェでクロワッサンとコーヒーの朝食を食べながら眺める通りも、夕暮れに傍に抱えた荷物を気にしながら歩く雑踏も、ともに含めて受け入れながら人はパリに憧れる。パリはどこかで巴里である。

一方で、今の柔らかな陽射しあふれるパリがすべてというわけではない。片田舎の遥に続く牧草地がフランスのすべてでもない。20世紀の前半にヨーロッパどころか世界を覆い尽くした暗雲もまた含めてパリでありフランスでなければならない。19世紀末の輝きと戦争の惨禍〜と言うより戦時の影〜を含めてパリでありフランスである。道の真ん中にぽつんとある瓶。倒れているわけでもなく、ただ無言でそこにあり息をひそめて立つビン。近付いて、そして足速に通り過ぎる。ガートルード・スタイン(Gertrude Stein)は、そんなイメージに戦時を描き出す。そうした戦時は、他国の侵略も内戦も革命もすべて含めて庶民の生活に影を落す。フランスもまた歴史を背負っている。

20130707-002そして思うのである。歴史の一部となったエッフェル塔は、果たしてパリやフランスの近代を表す建造物なのか。最先端のテクノロジーなのではないか。鉄の時代、エッフェル塔もメトロを示すエクトール・ギマール(Hector Guimard)によるアールヌーボーの入口も最先端の技術とデザインであったはずである。家族が親戚が知人があれを作ったのだと皆が自慢していたに違いない。そうした誇りはやがて薄れ、時代遅れとなり、そして再び見直される。メトロの入口もいまやほとんどが復刻されたものだ。そうしたものである。その自由と自己修復力がフランスでもある。そんな時間を超えた感覚もまた、漠然と抱くパリへの憧憬の一部を成す。

時間の経過とともにパリは目に見えない近代化を繰り返す。変わることなく立ち尽くす建造物。時々一瞬目を逸らす間に現れるとんがった建物も10年単位の慌ただしいサイクルで周囲に溶け込み、やがて景観が修復されて行く。ルーブル美術館中庭のピラミッドは、宮殿に現代的なテクスチャをあたえるオブジェクトではなく、ナポレオンと地下のショッピング街を緩やかにつなぐ線のようなものなのだ。そうやって現代は歴史の一部となって行く。

19世紀の最後の年をパリに子供時代を過ごしたガートルード・スタインは言う。当時、バカンスといえばパリであり、フランスはパリとその周辺だったと。その後の急速なモビリティの発展は、バカンスも家族も変えていったのだろう。19世紀最後の日と今日を点で取り出せば、明らかに違っている。今なら東京からパリまでは12時間のフライトであり、ロンドンからなら2時間だ。パリの周辺どころかすべてがフランスである。違っていて当然だ。

だが、2000年の線と見れば、ひとつながりのものでもある。もちろん、あちらこちらにほころびもあれば、良く見えないところもある。

ひょっとすると20世紀になって歴史が反芻された結果を見ているだけかもしれない。それでもなお、フランス近代絵画を作った画家達がパリのカフェで熱い議論を交わし、その果実がオルセー(Musee d’Orsay)の一画に掲げられているのを見る時、それを単なる歴史の一部と見ることは出来ないように思うのだ。恐らくは、そうした果実は当時前衛的なものだったろうし、エッフェル塔を作り上げた最先端の技術と同じく、近代化される過程の一部だったはずである。

The twentieth century was not interested in impressions, it was not interested in emotions it was interested in conceptions and so there was the twentieth century painting.

近代化を繰り返すニューヨークや東京にはスクラップ・アンド・ビルドを当然として受け入れる文化がある。そのような文化背景がその通りであるならば、多様なイメージが渾然一体となったアートが街にあふれていても違和感はない。街と一体化したアートがやがてキースへリング(Keith Haring)となったことは自然な事だっただろう。20世紀はそんな多様性を豊かさとして受け入れた時代であるのかもしれない。そして、光や風を感じ、路地のあたりまえにあるカフェの人々の喧騒を楽しみ、それを描き止めようとした画家の時代はやがて概念をどう表現するかを考える時代へと変わって行く。フランスの画家もしかりである。表現するものが宗教から領主となり、日常となり、自然となり、感じた印象となり、そして考えへと広がって行く。だからキースへリングがフランスに現れても不思議ではない。

もちろん、キースへリングはニューヨークの摩天楼の片隅に忘れられた壁があったからこそ生まれたものだろう。フランスあるいはパリであれば違っていたに違いない。

ガートルード・スタインと同時期に活躍したラウル・デュフィ(Raoul Dufy)は、美術研究者からは違うと言われるだろうが、私の中にあってはキースへリングと同程度にポップな面を持っている。色彩の魔術師とも言われるデュフィがパリの最先端の壁を見た時、頭の中で雑然と混じりあっていた思いが色彩となって溢れ出たと思えてくるのである。秩序はあるがルールは無い。そんな感覚をおぼえて、キースへリングと同様の秩序だったポップが見えるのである。

フランス人は議論好きだと言われる。一律に決めつけるようなそんな見方は恐らくは正しくはないが、過去の経験はその通りだとささやいている。自分に正直で、謙遜も人を労わることもするが、感情よりも頭で考えて結論を下すことが多いと。頭で考え、最先端の技術を論理的に受け入れ、同時に秩序があることも重要だと考える。それがロジックとファッションのフランスである。もちろん暴言でしかない。

To be latin was to be civilized to be logical and to be fashionable and the French were and they knew it.

20130707-003パリの風景は石と鉄と花で出来ている。裏路地の道路を横切り向かいのカフェの鉄のテーブルに向かう時、通りかかった車に道を譲り、遠く見えた知り合いに  Salut!と声をかける。赤信号でも車が来なければ当たり前のように交差点を横切るが、歩行者優先でも車が通れなくて困っていれば道を譲る。壁の色が周囲にとけ込んでいなければたとえ他人の家であっても意見し、安い物でも必要かどうかを考え直してからでないと買わず、困っている人がいればさっと小銭を渡す。恐らく、この100年変わっていないのだろう。フランス人に聞けば「それは違う」と即座に言うだろうが、そこに住む人にはわからないところがありそうだ。

そんなものだろう。だからツールドフランスは第100回なのである。

みすず書房より1977年に刊行された和訳は、残念ながら現在絶版である。運が良ければ図書館で見つけることが出来るが、新刊書としての入手は難しい。多数の分館がある横浜市立図書館でも中央図書館に1冊あるだけのようだ。探す場合には、「パリ フランス 個人的回想」で検索するとよい。ただ、原著でも英語は平易である。難しい単語ももちろんあるが、そのたび辞書を引けばよい。問題は、時々出てくるフランス語とカンマの位置だろう。カンマは慣れれば困る範囲ではないが、前者ばかりは背景を知らないと苦労するかもしれない。

最近読んだ本

Paris France (Peter Owen Modern Classic)
Gertrude Stein 著

Books

A Book:知の逆転

20130519-001朝日新聞の書評を見て、あぁ、こんな本があったのかと入手した。世界で注目され続ける知的好奇心にあふれる人達のロングインタビュー。しかも、個人的に気になっていながら、どこか違和感も感じて読むのをためらっていた本の著者ばかりである。ジャレド・ダイアモンド、ノーム・チョムスキー、オリバー・サックス、マービン・ミンスキー、トム・レイトン、ジェームズ・ワトソン。ベストセラーの要素という文脈からは遠いが、どういう訳か書店に文庫本が平積みされているような著書のある研究者ばかり。期待せずにはいられない。

書評でとりあげられたので、恐らくは似たような感覚で読んだ人も多かったのだろう。Amazonでもあっという間に品切れとなった。本好きというのはそうしたものである。ベストセラーであろうがなかろうが、知らなかった面白そうな本を見つけると、ともかく読んで見たくなる。やれ帯の文句が良さそうだとか(怪しいぞとか)、この訳者なら間違いないとか(読みにくいんだよなとか)、表紙見ただけで面白さが分かるとか(きっと不本意なデザインだぞとか)、そんなたわいないことも読む理由となる。昔なら書店で一冊取り出しては唸って選んでいたのがオンライン化しつつあるという違いはあっても、本好きの行動に大きな変化はないのだ。もちろん、オンラインだと前書き読んで買うのは止めたというのは難しい。だから、手に入れると、少々不安を感じながらページを繰ることになる。この本は、その点、概ね内容を把握出来ていたので安心して読み始めることが出来た。出来た筈だった。

しかしである。実際には、前書きを読み始めて3行で疑問符がつくこととなった。つまり、あまりに論理の飛躍が大きくはないかと。それはそのまま、例えばジャレド・ダイアモンドに違和感を感じてためらっていた理由そのものでもある。

著者であり編集者でありインタビューアでありその翻訳者である吉成真由美はその前書きで言う。

そのうえインターネット時代になって、受け取る情報がやたらに増え、難しさがぐっと増してきている。情報を得ることと、それを判断して考えることとは全く別の脳作業となるから。

確かに情報を集める努力とそれから考えをまとめる努力には大きく異なる能力が要求されるように思われる。だからと言って、あふれる情報を前にして、それを引出しに整理するのが精一杯で考える事が困難となると言うなら、それは論理の飛躍というものではないか。そう感じるのである。

そうした違和感と同様の前書きへの反証は、実はインタビューの中でも語られる。ひょっとすると、著者はそのような効果を狙ってステレオタイプな視点を前書きに入れたのではないか。

インターネットで世界中の情報が間違いも含めて簡単に手に入るようになったというのは、紛れもない事実である。高度な(いや低脳なというべきか)検索エンジンは、信じられないほどの適切さで情報の山を提示してくる。適切さという表現が正しくないなら玉石混交としても良い。少なくとも、間違いも含めて情報が素早く得られる事に異論は少ないだろう。その中から、正しい(これもまた曖昧な定義だ)結論を導く事ができるかどうかは別な能力だ。この結論を導く行為、あるいは考える行為に時間をかけることが出来るようになっただけでも、考えることが難しくなったということとは大分異なると思うのである。

ご丁寧にもインタビューの大きな流れはある程度統一されている。3人目ともなれば、次にどんな質問がありそうかという程度ならある程度想像がつく。その期待値と回答の差異もまた面白い。通り一遍の事を答えたなと感じることもあれば、意外性のある回答もある。勿論、読者の持つバックグラウンドにもよるだろう。インタビューアと異なる見方を持っているから意外性を感じるところもあるかもしれない。だが、恐らくはインタビューされる側の知的好奇心によるものが大きいに違いない。同意するにせよしないにせよ、読者もポジティブな好奇心をもって読むのが良い。そして、とりあげられた著書と最後の質問の作品から、次に読みたい本を選ぶのだ。

「知の逆転」でとりあげられた本のために、既に長い読みたい本のリストがさらに長くなって、もはや、手元のリストは次に読む本の買い物リストから次に読む本を選ぶリストになってきた。そろそろ何を読むかを決めて、読まれるのを待つリスト、ひと昔前なら「積ん読」リストに加えなければならない。

ただ、これだけは最後に正直に書いておくべきだろう。「知の逆転」読了後も、今もってこのタイトルの意味はわからないのだ。面白いと感じながらも何ともすっきりしない不思議な本である。

 

最近読んだ本

知の逆転 (NHK出版新書)
吉成真由美 インタビュー・編

奇想の系譜 又兵衛-国芳 (ちくま学芸文庫)
辻惟雄 著

赤瀬川原平の名画読本 鑑賞のポイントはどこか (光文社知恵の森文庫)
赤瀬川原平 著

それでも住みたいフランス (新潮社)
飛幡祐規 著

Books

A Book:ドナルド・キーン自伝

20130413-001たとえば子供の頃に出会うエジソンの伝記や大人になって読むだろうカエサルの「ガリア戦記」は、偉人伝であったり個人の記録であったりする違いはあるものの、「歴史」の一部を成す遠い話としてそこにある。エジソンの伝記とガリア戦記の時代には、2000年という時の隔たりがあっても、身近とは言い難い第三者的な距離感という点で現代人には等しく歴史なのである。

もちろん、エジソンの伝記それ自体が歴史というわけではない。むしろ、親が幼い子供に与える夢のようなものでもあろう。また、カエサルがガリア戦記を書いた時、それがそのまま歴史であったというわけでもない。今読むから歴史なのであって、書かれた時は、報告書のようなものであったかもしれない。それが自伝的記録でも日記でもなく三人称で書いてあるのは、筆写しかない時代とはいえ、ただ、読まれた時の効果を狙ったということなのかもしれないし、その時代の書き方なのかも知れない。私には、残念ながらその領域の知識がないので何とも分からない。マルクス・アウレリウスの自省録に主語が欠けているような、その時代の形式なのだろうか。

ともかく、今、それは歴史である。歴史であるから、多くの読者がそれを読む。そして、現代において我々がそれを読む時、読者は、映画でも見るような第三者視点の渇いた生々しさで歴史を目撃することになる。

一方、現代において今書かれた自伝は、歴史ではない。評価が定まっていないなどと評されることもあるが、要は、個人的な記録である。それは個人的な体験であり、第三者的な視点が入り込むことはない。それにもかかわらず、時折、歴史書でも読むように時のうねりを感じる自伝が稀にある。ドナルド・キーン自伝は、そのような稀な自伝である。

言うまでもなく、ドナルド・キーン(Donald Lawrence Keene)は、もはやキーン氏と敬称をつける必要性がないほどに広く知られた存在である。日本を代表する文学者のひとりであり、これまで積み重ねた様々な人との出会いと体験とが歴史の一部であると言っても誇張ではないだろう。それでもなお、自伝すなわち歴史ではない。恐らくは、日本との関わりそのものの中に通奏低音のような一貫した流れがあるからだろう。それは、乗り物のようなものでもあり、時に激しく揺れ、時にしばらく動きのないように思われる瞬間があり、それでも動き続けているようなものとでも言うべきか。

もしかすると、他人の手紙でも読んでいるような気になりながら、ドナルド・キーンの目で同じく追体験をしているからなのかも知れない。随所に出てくる文筆家との出会いがそれを強めているということもあろう。川端康成、三島由紀夫、安部公房と日本文壇を彩る名前が身近な存在として次々と出てくるのは、分かっていても驚きを禁じ得ない。だが、お叱りを覚悟で言えば、その主役は、キーンが読んだ名もない兵士の手紙であり、日々出会う人々なのだろう。

キーンは殊更に自らの幸運を強調するが、本書を読む限り、それは偶然の作用はあっても幸運などではなく、行動力と人柄から得たものである。名もない兵士の手紙を読むことになるのは予期しない偶然あっても、それをどう読んだかは偶然ではない。出会う人は選択出来ないかもしれないが、そこで得たものは偶然ではない。ただ、そうして出会ったものとの作用に時代の大きなうねりが重なりあって、キーンが幸運と言う一貫した流れがあるのだろう。

原題に自伝という文字はない。あるのはクロニクル(年代記)という幾分客観的な単語である。キーンは、今では古風なと形容することも可能な日本的謙遜(あるいは謙譲の美徳)を日本で生まれ育った人よりも身につけており、まさにそうした文脈でとらえたほうがよいのかもしれない。改題したのが本人か出版社か分からないが、キーンに興味がある読者はもちろん、キーンの目を通して昭和を感じるにも良い。

そして何よりも、一度読み始めれば先が知りたくなる作品である。

最近読んだ本

ドナルド・キーン自伝 (中公文庫)
ドナルド・キーン 著

Books

A Book:マッチ売りの偽書

20130310-005

湧き上がるイメージを手当たり次第書き殴る。そうしないとこぼれ落ちてしまいそうだから、書き殴る。吹き付けてくる言葉を逃げることなく受け止め、丹念に記録する。自分の他にそうするひとがいないから、記録する。手当たり次第。手身近にあるかけそうなもの全てに。ノートに、広告の裏に、折れ曲がったクリネックスの箱の余白に、記録できそうなら何でも。スマートフォンに、手の甲に、机に、留守番電話に、時計に、。。。
あまりの言語の重さに、それはやがて自壊する。慌てて拾い上げようとすればするほど、混乱し、デタラメに散らばり、笑みがこぼれ、地滑りが起きる。記録された言葉は再び流れ、新たな意思を得る。

【返歌】 空間に散らばった言葉を正確に位置付けるには、3次元座標系が必要である。xyzで表されたその位置を容易に取り扱うには、直交座標よりも極座標が好適とされる。すなわち、自分からの距離rと偏角θおよびψにより言葉は位置付けられる。しかしながら、より正確には、言葉は3次元連続体とすべきである。言葉は空間を漂い、(r, θ, ψ, t)の4つの次元に捕らえられている。言葉は、観測者である自分と他者の間に相対化され、その速度の差によって意味が変化する。

拾い集めた言葉の一部は、やがてもとあった場所に帰って行く。
「裏側にお回りください。」
ただ、元あった場所がどこか正確に覚えていない。それぞれの記憶に従って、あるべき場所に戻る。だから正確であることは期待できない。もしかすると最初から夢だったのかもしれないし、ノートに書き記しておくべき事だったのかもしれない。
「裏側にお回りください。」
何モカモ曖昧ダトイウノニ書かれた文字は頑なに在り続ける。否定しても、肯定しても、そうした判断を超えて在り続ける。やがてインクが、紫外線のとらえどころのない痛みと世界から忘れ去られた眠気の中で薄れていくとしても、在り続ける。
「入口はこちらではありません。」
どこが前でどこが後ろなのか、ねじ曲げられた時空間。時空間がねじ曲がっているのか、我々がねじ曲がっているのか。自分だけがねじ曲がっているのか。
「明日には復旧します。」
見覚えのある音の連鎖。新たな色彩の断絶。

【返歌】 2月1日 金曜日。晴れ。最低気温1度。無風。午後から風が強まり、3月下旬頃の気候となる予想。乾燥した日々が続いたせいか霜柱も成長しない。時計を確かめるが、秒針はいつものように正確に動いている。同じ方向に回り続けている針。静止する文字盤。無風。シデコブシ、ミツマタ、銀の毛虫がすべての枝にまとわりつく。銀の卵。真冬、停止する朝。

娯楽の要素が強い映画ですら人によって感じ方が異なるように、言葉で描かれた世界は、それ自体で充分な柔軟性を持っている。イマジネーションなのか単なる虚無的な遊びなのかは、受け止める人によるだろう。自然界の摂理と決定的に違うのは、まさにこの点にある。どれほど言葉を尽くしても、一意に決まる心象など存在しない。受信者によって受け取るものが違うなら、多少正確さを欠こうが、自己にとって正しければ良いというのは、表現にあっても傲慢か。それとも自己満足か。
そのどちらでもないのだろう。何かを表現しようともがけばもがくほど言葉は粉々になり、原型から遠ざかって行く。どこかバランスの良い適当なところで表現を止めれば一見豊かにも感じられる表現を得るだろうが、それが求めるものとは限らない。だから、言葉をつくす。そして、時に地滑りを起こす。
地滑りを起こした言葉の列は、ジャクソン・ポロックのような全体の調和の中の混沌ではない。おそらくは、計算されたアクション・ペインティングとは違って、緻密に準備されたものでなければならない。地滑りを起こした言葉の列は、ジョルジュ・ブラックのような粗野な調和ではない。おそらくは、調和した世界に垣間見得る乱暴さである。マッチ売りの偽書には、調和と混沌が同居している。
今は記憶も曖昧となった昔のことであるが、物書きがしたい者同士が好き勝手に書き込むノートが置かれていた。今であれば、Twitterかblogかそんな物である。そこに、何かを表現する手段は言葉でも映像でも音でも舞台でも色々とあるというのに、何ひとつ上手く表現できないと書き込むと、最初の反応は真向から反対するものだった。曰く、表現したいものより表現する手段が多いわけではない。表現する手段は不完全でむしろ足りないのだと。強ち間違ってはいない。だが、それは逃げでもあるだろう。マッチ売りの偽書において、我々は試されている。

【返歌】 大気の重みに両肩は耐えきれず、宇宙どころか街角の空間に矮小化されながら、あなたはゾウに踏みつけられた蟻となる。
踏みつけられながら、ビルの空気をかろうじて循環させるコンプレッサーがブツブツと不平を言うのを聞いている。
かろうじて難を逃れた他の蟻は、嘲笑っているわけでもない。無言で空気を吸って吐いているだけだ。
遠い未だ見ぬインドの記憶。やがてゾウはその古代遺跡のように輝く足を上げる。
何ひとつ変わらない大気と光。

地滑りを起こす言葉のイマジネーションと群衆の孤独と微かな希望の狭間で、中島悦子は今も漂流を続けている。

最近読んだ本

マッチ売りの偽書 (思潮社)
中島 悦子 著

十字軍騎士団 (講談社学術文庫)
橋口 倫介 著

Books

A Book:百代の過客 日記にみる日本人

20121209-001このようなblogが一般的に日記かと問われれば、それは違うと答えるのだろうか。どこか日記と違っていても、ある種日記であると答えたくなりはしないか。日記という定義があるわけでもなく、blogという定義があるわけでもない。あるのは、日々考えたり感じたりする事を記録するモチベーションとでも言うべき何かである。
どこかで読んだ記憶によれば、人は何かを言いたい衝動があって、いうことで満足するのだそうだ。そこに読者はいなくても良い。吐き出す先が重要なのである。古くからコンピュータに携わってきた人ならblogなど引き合いに出すまでもなく、/dev/nullという何かを書き込むと単に捨て去るだけの装置に愚痴を書き込んだことがあるかもしれない。そこには読み手はいないし、想定しようもない。
一方で、この「吐き出すことで満足する」という考え方は想像しやすく魅力的だが、やや乱暴なようでもある。常識的に考えるに、単に捨て去るだけの書き込みに人が満足するとも思えない。実際には読まれることがなかったとしても、誰かが読むことを想定して日記やblogが書かれると考えるほうが、しっくりするように思われる。

今でこそ狭義の日記は、日付と毎日の出来事とそれに関するちょっとした感想や考えを記録するものであって、時に天気などの客観的情報も加えられたりもするが、そうした定義は極めて狭い意味と考えるべきだろう。平安の古より人は日記を綴り、今で言う文学のひとつとして成立してきたのだという。日記は必ずしもリアルタイムにその日その日で記録されたとは限らず、時には脚色もされて、随分後から書かれたものも多いらしい。
そうした意味において、blogの少なくとも一部は、昔からある日記の延長と言えるかもしれない。書き手が何かを思いそれを単に記録に残す場合もあれば、何か意図があってそれを広く伝えるために書く場合もあろう。目的を持った旅路の記録としての日記もあれば、仕えた貴族の賛美ということもある。その構図は今も変わらない。
個人的な旅行の思い出の記録もあれば、仕事で参加した会議の作法を綴ったものもある。支持する政党の考え方を書いて後押ししているものはインフォーマルな形で書くと胡散臭いが、それでも確かに存在する。もちろんその逆の批判めいたblogは、ずっとたくさん存在する。
昔との違いがあるとすれば、今はやたらと情報提供を目的としたblogが多いということだろうか。

タイムリーに情報提供するには、1200年昔のインフラとしての日記は、勿論不十分だった。昨日何があったではなく、昨年何があった程度のタイムスパンが限界だったはずである。Webがなかったどころか印刷機がない状態では、タイムリーに広く読まれることは想定しようがなかったのだから。
恐らくは、そのタイムスパンにおいて1200年昔の日記は、読者を想定していたはずである。すなわち、次の世代に向けて。次の世代が読者であれば、他人に見せることのない個人的な記録と読ませるための作品が両立する。極少数の選ばれた読者だけが、僅かに遅れてそれを読むことのできる幸運を手にするのである。
これが、江戸になってくれば話は異なる。調べたことがないのでわからないが、限界のあった人間印刷機である写本ですら組織的になったのではないか。日記の古典的な形態でありながら商業化を意識した、あるいは商業化の計画の一環としての作品が生まれたに違いない。

キーン氏は、一般読者に向けて、日記の変遷を丁寧に見せてくれる。ひとつひとつの日記を個別に紹介しながら、時折挿まれる大きな流れを外観する助けも借りて、読者は、短期間に歴史のうねりまでを実感することになる。時には、日本以外の日記や詩歌の引用により、その時代の日本の日記の特質を描き出して見せてくれることすらある。文庫本であってもポケットに入ると言うには無理のあるその厚みに圧倒される読みでのある本ではあるが、1000年を遥かに超える日記文学の歴史が目の前にあることに驚きを禁じ得ない。
高校生が学ぶ古典の日記は、平安時代と江戸時代がほぼすべてである。それどころか、日記に限らず学ぶ古典すべてに、この大きなギャップがあるように思われる。しかも文法解釈と現代とは異なる語意の理解に明け暮れるので、時代的なギャップに気づくことなく時間が過ぎて行く。勿論、そのような理解は個人的なものであって、実際にはそれ以外も学んでいるのかもしれない。しかし少なくとも、個人的にはそう感じていたことは事実である。
今、それが、平安の終わり、貴族から武家の時代変わりゆく中で失われた部分と、再び訪れた江戸の平安にルネッサンスのように現れた部分とのギャップであったと思いあたる。
なるほど松尾芭蕉が描いた旅は、曽良のような随行者が書いた旅と異なっていると学んだように記憶してはいる。だから、芭蕉の書いたことを鵜呑みにするなと。今思えば、その講義は正しくなかったのである。芭蕉は最初から事実を記録するつもりなどなかったのだから。
感じたギャップは、「作品」としての価値であり、「記録」としての価値において存在しているのではない。そんなことを思いながら、1200年の時の流れを身近に想う本である。

本の中で流れ行く時代は、江戸で終わりを告げる。欠けたその後の日記文学は、続編として刊行されている。鷗外や啄木など、いよいよ華やかな日記を収めるのに文庫で800ページとさらに多くの文字が必要だったということだろうか。
そして考える。果たしてWebの時代の日記を論評するなら、キーン先生ならどう扱うのかと。

最近読んだ本

百代の過客 日記にみる日本人 (講談社学術文庫)
ドナルド・キーン, 金関 寿夫 訳

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある
シンシア スミス 著, 槌屋 詩野, 北村 陽子 訳