Cross Cultural, Photo

(Floral) Friday Fragments #246


 時代は流れ、人は変わり、思いは揺らぐ。

 このblogを始めた頃はもうすでにblogがオールドメディアになってきた頃で、いまだったらオワコンと書かれるような代物だった。ただ、Twitterじゃ長い文章は書けないし、かといって他に使えるメディアがあった訳でもなかった。Noteがその後急に伸びたものの、Noteはクリエイター志向のメディアであって、それを自分で宣伝しなければ誰にも届かないメディアでもあった。だからblogは古臭くても便利だったのだ。

 でも、手軽なメディアも欲しかった。blogなんて、わざわざ見にきてくれる人向けのものなのであって、ぼんやり誰かが見てくれるようなものでもない。そんな中でTwitterもInstagramもblogの中で試してみることにした。

 現状から言えば、Twitterのアカウントは残したものの、あくまでも緊急時用であって、もはや見てはいない。インスタも時々更新はしていたが、最近はうんざりする事も多い。

 嫌なら止めれば良いのは分かっている。そう思ってLINEは使わない。でも、このインスタが上手くいかない理由がはっきりしないのだ。いつもの美しい写真や楽しい写真がタイムラインを流れ、メッセージを読みながら初めて見た風景に驚いたり、懐かしがったりと楽しんでいる。それなのに、どこか不愉快だ。

 原因は広告かなと思ったが、ようやく自分の興味がある広告が時々流れるようにもなってきた。個人情報のトラッキングが酷すぎてトラックを禁止したら不正ギリギリやアダルトに近い広告ばかりになり、慌ててトラックを許可したことがある。それで半分くらいは調べ物をしたサイトに関連する広告にはなったのだ。それでも、その見たWebサイトの商品が欲しいわけでもなく、ただ、調べ物をしただけだというのに次々と関連商品が広告に流れるとうんざりもする。とはいえ、広告が不愉快さの原因というわけでもない。

 音も少々問題だった。昼休みに何気なくインスタを眺めてみたら、盛大に音楽が流れて周囲に迷惑をかけることが多々あった。音楽なんて問題なさそうだが、後ろで仕事の電話をしていれば多少は気を使う。電車なんてもってのほかだ。サイレントモードになっていてもインスタの音楽は流れるから、ヘッドホンをつけている時以外にはインスタは開けない。今は日本に住んでいるのだ。音をオフにしていたところで触って仕舞えばオンに変わるから意味はない。SNSは気を使う。でも、これが大きな問題ではない。使う時には必ずヘッドホンを付ければ良い。そうルールを決めた。だから気を使うし面倒だが、不愉快とまではならない。

 やがて、ぼーっとインスタに流れる映像を見ていてようやく気がついた。どうやら知らない人の動画が嫌なのだと。素人が何かの真似をして下手なダンスを踊るのはみたくない。偶然起きた他人の不幸を見て笑いたくはない。一見美しい自然の風景も、好みでなければ見たいわけではない。これまで見てきて知っている人のポストならわかるが、全く知らない誰かの好きでもない「オススメ」のポストなのだ。

 多分そういうことだ。Windowsの壁紙に、好きでもない写真を勝手に貼られるのが嫌だったのと同じだ。興味は人それぞれ。勝手に人の興味を強制して欲しくないのだ。

 えっ?またも写真と関係ない?そうかもしれない。でも、この写真の少し先のところで、興味とは無関係にインスタのフォローをしたばかりだったのだ。まあ、嫌なものじゃなかったから良いが、SNSって結構忍耐力が必要だ。


 いい加減なことも書きたくないので調べたら、こんなことを書いているサイトがあった。

… Instagramの日本コミュニティは、右肩上がりに成長中。この成長性はグローバル視点からも評価されており、QRコードや地図検索機能など日本で誕生してグローバルで導入された機能もあった。
 その成長を牽引しているのが、リールとDM機能。なんと、Instagramの利用時間のうちリールが50%を占め、1日にリールをリシェアする回数は45億回にも及ぶ。そしてリシェアするために使われているのがDM、というわけだ。
 この数値を踏まえて、9月に新しくローンチされたiPad専用アプリではアプリを開くと最初にリールを表示する仕組みを導入している。モバイルアプリもデザイン変更を検討中で、数週間以内にテストを予定しているという。

 残念ながら一次ソースが見つからなかったが、インスタの責任者が言っていることと整合するからきっと本当のことなのだろう。つまりは、TikTokやYouTubeショートのようなコンテンツを求めてインスタを使っている人が多いということなのだ。そして自分はそうしたサービスを不快だから使わない。もう、あののんびりした写真交換サイトを期待するのは年寄りだけなのか。

 ひとつだけ不安なので、書いておく。Meta社にとって、こまめに動画を見るユーザにアプローチする意味は、ユーザーがそれを求めているからではない。こまめに動画を見るユーザに対して広告を見せるためである。そして、そうした広告はお金を払う広告主が打ち出す広告である。信頼できるかどうかは基準にはならない。至極普通のマーケティングの話である。