
Très saleの第3回です。極力不快な表現を使わないようにしていますが、今回もblogではあまり取り上げない内容となっています。今回は病院の話が中心です。汚い話はなく、どちらかといえば恥ずかしかった話となっています。不快感は人それぞれなので、多分次回は最終回になります。
たとえ長年住んでいたとしても、生まれ育った国以外で病院に行くのは少し気が重い。まして海外旅行先ともなれば、相当ハードルが高いはずだ。どうやって痛みを伝えようなんていうのは序の口、入院なんて事になれば勝手も分からない。風邪薬ひとつ処方してもらうだけでも、その処方箋を持ってどこへ行けば良いのかも分からない。旅行者なら支払いも全額となる場合が普通だ。その国に住んでいても、医療用語は分からないかも知れない。フランスに20年住んでいる知人ですら、毎日行く物じゃないから、なかなか単語がわからないという。幸いにも出産と子育てという病気ではないことで多くの単語を覚えたそうだ。
コロナの時は、知人の日本で発行されたワクチン証明書をフランス入国前にフランス版に切り替えるためファーマシーに行ったのだが、ここでは扱えなくなったから別なファーマシーに行ってねまでは日常会話なのに、そこから先のワクチンの話になると突然会話の難易度が上がって「そうだった」なんて独りごちた。
ある日のこと、どうも手のひらに赤い部分が出来て時々出血するから病院の予約をしようとしたが、なかなか予約が空いていない。予約が原則のフランスの難しいところである。フランスに長く住む知人に相談したら、そんな時は救急医療(ユルジョンス)で大丈夫だと言う。「任せて」というので頼んだら、すぐに来いとの事だった。急いで救急医療を訪ねることとなった。結果としては何でもなかったのだが、その時は念のため検査したいからと手術になった。この話は面白いので別な機会があれば紹介したいが、今日の話題は手術前の準備の話である。
受付をしてPCR検査も陰性なので、いよいよ手術となった。フランス語のボキャブラリも少ないので、なかなか指示されている事が分からなかったりする。
「じゃあ、薬品で全身を洗ってください。シャワーを浴びたらこの検査着に着替えて、今着ている服はこの袋に入れてくださいね。あとでロッカーに入れておきます。薬品は全部使い切ってください。」
そう言って、赤い消毒薬2本と検査着を渡された。検査着はどうやら使い捨てらしい。なんだか注文の多い料理店で騙されそうになったみたいな気分だったし、そもそも救急病院でシャワーを浴びるなんて想像していなかったから、もうなるようになれと言う気分だった。服を脱いで袋に放り込み、スポーツジムにでも行ったつもりでシャワーでさっぱりするまでは良かったのだが、消毒薬はヨード系の黄色味がかった赤い液体だし、匂いも当然病院のそれなので、リラックスできるようなシャワーではない。まあ、面白いからいいかと言う妙な割り切りが必要だった。
体を拭いて不織布のショーツを履いてみたら案外サイズは合っていたのでラッキーだったが、ズボンの方はそうはいかなかった。フランスあるあるで、ウエストを締める紐がついていないのだ。製造ミスだろう。流石にスケスケのショーツ1枚でズボンを交換してくれと出ていけないので、紐のないズボンのウエストを手で押さえながらシャワーを出たら、すぐにあっちで待てと指示されてしまった。こんな時にフランス語が咄嗟に出ないのは、外国人の辛いところである。
「えーっと」
と言っている間にストレッチャーに乗せられ、麻酔室に運び込まれたのだった。まあ、寝ているからズボンがずり落ちることもないし何も問題ないのだが、やれやれである。
さて、手術も終わり、右手に麻酔を施されたまま別な部屋に連れてこられたかと思ったら、ストレッチャーを降りて指示されたテーブル席に座れという。もう、右手は使えず首から吊られた状態である。うっかりストレッチャーを降りたらズボンがずり落ちた。
「あはは、パンタロンが落ちたわよ。」
看護婦は豪快に笑っていたが、こちらはそれどころではない。左手しか使えないのだ。しかも手先だけならまだしも、肩から下全体が動かない。なんとかズボンを上げて椅子に座り、指示された通り食事をして薬を飲み、ようやく着替えとなった。
(ここからは、人によっては不快と感じる表現や内容を含みます。)
左手でズボンがずり落ちないようにしながらロッカールームにたどり着くと、看護婦は事務的に言う。
「うまく着替えられなかったら呼んでくださいね。着替えを手伝いますから。」
はいはい。もう20代みたいに病院で裸になることに恥ずかしさを感じるほど若くはないが、そんなことよりもう少しかっこいい下着にしてくれば良かったとか、いわゆるVゾーンのムダ毛を剃ってないな(フランス人は、女性はもちろん、男性でも綺麗に剃っている人が結構多い)とか、くだらないことを思いながら袋の中からズボンをどうにか取り出した。使い捨てのショーツは家で替えることにして、小さな丸椅子を使い、頑張って左手だけでズボンを着替えたのは言うまでもない。
「自分で着替えられましたね。これで大丈夫。今日は終わりです。受付で支払い処理をして、処方箋をもらってください。さようなら。」
さようならって言われても、次回はどうなるんだとか、そもそも麻酔が効いている状況でどう帰るんだとか、駐車場の車はどうしたら良いんだとか、頭の中はグルグルである。
さて、もう少し若い時、日本でのことである。いわゆる尿路結石で病院に行ったことがある。痛みはかなりキツイが死なないので優先度は低い、患者にとってはなかなか厳しい病気である。町医者に行ったら、
「あー、うちだと対応出来ないなあ。紹介状書くから大きい病院に行ってください。」
なんてことを言われて大学病院を紹介されたのだった。
受付で紹介状を出して痛みがひどいと説明したら、昼休みだというのにすぐに専門医に連絡を取って診てくれることになった。
あまり待たされることなくズボンを脱いで診察台に乗せられ、腹部や背中を触診しながら医師が言う。
「ブリーフ下すので腰上げられます?」
はいはい、痛くたってそのくらい出来ますよ。尿路結石が濃厚なので、尿道を含むあちこちを触診されているうちに看護婦が気がついた。診察台のカーテンが開け放たれていて廊下から丸見えである。慌てて閉めてくれたが、通過した人には無様な姿を晒してしまった。昼休みの緊急だったから人も少なく、そんなことは二の次だったわけだ。まあ、仕方ない。
「坐薬入れますね。40分で痛みがなくなります。触診した感じは問題なさそうなので、多分、よくある結石だろうと思いますよ。レントゲン撮りましょう。待合室で待ってください。」
なんとかズボンを履いて待合室に出て時計を見た。それからきっかり40分、痛みが見事に消えて余裕が出てきたら、急になんだか恥ずかしいことになっていたような気がしてきた。
しばらくして今度はレントゲン室に行けという。やたらと遠い場所なのだが、大病院なので、レントゲン科みたいな独立した場所だった。泌尿器科で渡されたファイルをレントゲン科の医師に渡すと、医師が言う。
「こちらの更衣室で、上半身は裸、下半身は下着1枚になってください。こちらは正確に位置の測れるレントゲンなので、ちょっと大げさで驚かれるかもしれませんが、普通のと同じです。造影剤を使わずにしっかり撮りたいので、仰向けに寝ていただいて撮影します。寒かったら言ってください。」
見るからに仰々しい装置が天井側から下がっている。そのベッドに寝ろと言う。とんでもないことになったような気がしたが、別に普通のことのようだった。
「パンツ、少しだけ下ろしますね。膀胱も撮るので、パンツもちょっと避けたいんです。」
やれやれ。またか。男性技師でよかった。
検査が終わってしばらくして医師から結果を聞く。
「腎臓と膀胱の間に尿管という管があります。ここをおしっこが流れて行って膀胱に溜まるのですが、そのちょうど真ん中にちょっと大きめの結石がありますね。まあ、大丈夫でしょう。尿管が広がる薬と痛み止めを出します。あとは、ビール飲んでいっぱいおしっこしてください。普通は飲んではいけませんとか言われる病気が多い中、どんどんビール飲めなんて、幸せですね。あはは。
まあ、出来ればオシッコする時に茶漉しを用意しておいてください。石が出てきたらそれで取ってくださいね。いや、仕事中は無理でしょうから、自宅だけでOKです。取れたら持ってきてください。分析します。大抵はシュウ酸カルシウムなんですが、色々ありますので。
ああ、そうそう、もしかすると石が出る時おちんちんに激痛があるかもしれません。痛みが止まればOKですが、続くようならすぐ来てください。あはは。大丈夫、通常なら死なない病気ですから。
とはいえ、造影剤でレントゲン撮りましょう。もっと正確に大きさとかわかります。」
やれやれ。
後日、再び病院である。造影剤での撮影は同意書が必要と聞いて、なんだかとんでもないことになったような気がしてきた。
「カーテンの向こうにカゴがあります。そこでパンツ1枚になって上から検査着を被ってください。バッグと服はそこに置いて構いません。着替えたらこちらに。」
着替えてみると、ぺらぺらの検査着は少し寒いが、裸より良い。
「これからベッドに寝ていただいて、造影剤の注射をします。少し火照るような感じがするかもしれませんが、少しなら問題ありません。とてもラクチンな検査なのでリラックスしてください。こんな楽な検査はないってくらい楽ですから。」
そう言われて横になると、看護婦が言う。
「もしかして、パンツの前あきにボタンがありますか?」
ええと…確か。普通のボクサー・トランクスなので。
「医師がきちんと説明しなかったかも知れません。ボタンのないブリーフが良かったのですが。申し訳ありませんがパンツも脱いでいただけますか?」
幸いにも今回は検査着を着ている。前回とは大違いだ。検査着の下からトランクスを脱いで戻り、再びベッドに横になると看護婦二人がいろいろ準備をしながら言う。
「まもなく医師が来ますので、ちょっとだけのんびりしていてください。」
なるほど、ここまではまあラクチンだ。しばらくして女医さんが現れた。
「こんにちは。これから注射打ちますね。リラックスしていてくださいね。」
ニコニコしながらそう言って、医師は下腹部に薄いタオルをかけた。要はかなり薄い検査着で透けて見えていたのだろう。やれやれである。
寝た状態と立った状態でのレントゲンを何枚か撮り、その後、トイレに行ってからもう1枚撮る。そのトイレに行く時に看護婦が慌てて付け加えた。
「パンツ履いて行って下さい。一般外来の隣ですので。」
ああ、やっぱり見えてるじゃん。じゃあ、パンツだって見えちゃうじゃないの?鏡はないかな。そこで気がついた。階下に住んでいたご家族の奥さんは、その病院の看護婦さんだった。そのご家族とは仲良くしていたのだ。今更だがすれ違わなかった事を祈るのみである。何しろ途中の鏡で見たら、検査着は薄いレースのカーテンみたいなもので、肌に触れていなければ真っ白でローマの服みたいに見えるが、肌に密着すると着ていないのとさして変わらないのである。
検査結果を医師に聞きに行くと、
「腎臓には問題なさそうですね。ただ、合計3つ、結石があります。そのうちひとつが大きいですね。ギリギリ、出ると思いますが。」
出なかったら手術ですか?
「いや、まあ、今は超音波で破砕するんです。あるいは尿道からワイヤーを入れるんですが、おそらく大丈夫でしょう。きっと出ます。あはは。」
という事で、結局は激痛をともないながらも排出されて事なきを得たのだが、後日談がある。
後日、背中を叩いていたら若い後輩の女性からどうしたのかと聞かれたので、
「以前、結石になった事があって、ちょうどそのあたりが痛いような気がして、癖で叩いてた。」
なんて答えたら、彼女が言う。
「めちゃくちゃ痛いですよね。死にそうなくらい。」
えー、知ってるの?そこで余計なひと言。おっさんがなるものと思ってた。
彼女はちょっとムッとした表情で言う。
「年齢も性別も関係ないです。主に体質。」
はいはい、すみません。
「手術しました?」
いや、幸いにも排出されたので、なんとかなって。
「私は出産もした事もないのに、酷い目にあいましたよ。恥ずかしいし、痛いし。でも、お医者さんが言うには、女性は尿道が短いからマシらしいです。男性は、人によっては1週間くらいトイレに行くのも大変だって。一度結石になった人はまたなる可能性があるらしいので、頑張ってくださいね。」
やれやれ。