Bonne journée, Cross Cultural

TRES SALE 2

「男性は道端でも向こう向いてさっとできちゃいますけど、ズボン履いたままじゃできない事だってありますよね。もちろん女性も困るでしょ。
 そんな時は車列からちょっと離れた場所まで歩いていってそこでします。同行者はなるべく見ないように反対方向を見たりしますけど、危険かもしれないから見える範囲の距離で主催者側がそれとなく確認します。
 簡易トイレとかは設置しません。風が強いとアンカー打たなきゃいけないから、いちいち設置できないんですよ。そのうち慣れて女性でも普通に近くでしてますよ。遠くに歩くのも大変だし、どうせ見られてるからって、気にせず男性の隣で。その方が安全だしオアシスの扉のない公衆トイレよりずっと綺麗なんです。そんな環境ですけど、行きたいですか?
 大丈夫、必ず説明会で確かめます。やっぱり帰りたいとか、出来ないって言われると困るので、もっとストレートに説明します。虫刺されとかの痛々しい写真とかも見せます。」

 どうやら向いてないらしい。そう思って行かなかったから、真偽の程は不明である。行く場所は本当の辺境などではなく、おそらくは観光地のはずれだし、そんなすごい場所に行く観光ツアーに中国政府が許可を出すとも思えない。説明は、ある種、テストみたいなものなのだろうと思うのだが、真実を含んでいるには違いない。ある大手旅行会社の遺跡巡りバスツアーの案内に、
「添乗員がカーテンを使った簡易トイレを作りますので、安心してトイレも出来ます。」
なんて書いてあったから、あながち嘘でもないのだ。

 極端な話だとは思うのだが、それでもどこにでもきれいなトイレがあるのは日本くらいなものだと時々思う。北米はきれいな部類だが個室のドアの足元が大きく空いていることが多くて、入っている人の下着の一部が見えたりしてなんとなく気になる事もあるし、フランスだと清掃が行き届いていていて監視員のいる有料の方がホッとする。
 なんだか日本とそれ以外ではプライバシー空間の定義が違うんじゃないかと感じるわけである。

 プライバシー空間という意味では、フランスに住んでいてなかなか馴染めないのはカーテンかもしれない。
 フランスのアパルトマンでは家具付きの物件でなければカーテンレールすらついていない。まっさらな部屋を借りるのが普通だ。自分でカーテンレールをつけて、部屋を返す時に現状復帰する。当然オシャレなカーテン屋さんもたくさんある。それでも、鎧戸が付いていたりするので、カーテンを付けないままの人も多い。レースのカーテンすら付けない。つまり、お向かいさんの生活が垣間見えてしまうことも多い。あらら、今日はパーティなのね、なんてのはかわいいものである。だからこそ窓が近いと窓越しの会話もあるのだろう。

 ある日の夕方のこと、暑かったので窓を開けて階下の庭を見ながらぼーっとしていると、大きな庭を挟んだ反対側のマンションのベランダでビールを飲みながら日光浴をしているグループがいた。夏至の頃は夜8時でも昼間と変わらない明るさだから、夕食を食べながら傾き始めた西陽を楽しんでいる。なかなか盛り上がっているなと見ていたら、その同じマンションの別なお宅の窓が開いていて、そこに40歳くらいの全裸の女性が現れた。多少距離があるとはいえ、はっきりと見える距離である。裸のまま部屋の中を行ったり来たりして何か準備しているらしい。見ているのも失礼だからこちらの窓を閉めたが、気にしている様子もない。日光浴なのかも知れない。
 フランスの知人曰く、
「最近は減ってはいるらしいが、寝る時は裸の人も多いし、日光浴なら普通服を脱ぐでしょう」
だそうである。確かにアパルトマンのベランダで水着やトップレスで日光浴をする人を見かけたことが何回かある。
 フランスの法的には、男女問わずトップレスは違法である。街中でやれば2万円程度の罰金だったと記憶している。じゃあビーチならOKかと言われれば、どうやら本当はダメで、大目に見るということらしい。TPOをわきまえろという事なのか。

 ある日街中の大きな公園を散歩していたら、天気が良かったからか時間が遅かったからか、芝生の上は読書やらピクニックやらで人がそこそこ集まっていた。皆が思い思いに過ごすヨーロッパらしい風景である。最近は日本でもそうやって過ごす人も多くなってはいるが、日本は日差しが強いこともあって、難民キャンプみたいにテントがたくさんできている。フランスにはそんな文化はないから、適当な距離を置いて、寝っ転がったり車座で話をしていたりという感じが多い。テントもそもそも許されない。

 そんな中で、どうやら地元の学生のグループがおしゃべりを楽しんでいた。ようやく暖かくなって日差しが気持ち良い頃だった。楽しそうだなと見ていたら、暑くなったのか、それとも日光浴が目的だったのか、何人かがTシャツを脱いで日差しを浴び始めた。男子学生は上半身裸、女子学生はブラ1枚である。若いのに下着でも気にしないのはやっぱり日光浴の文化なんだなと思ったら、そのうちブラも外して歓談している。あまりに自然なので違和感も感じなかったが、日差しを浴びるのだから当たり前だったのかも知れない。
 これをで街中で飲んでやっていたら完全にアウトである。目的や背景などのいわゆるコンテクスト(文脈)が重要なのだ。ファインアートとしてのヌードは性器が映っていても問題ないが、着衣であっても性行為自体が視覚化されたものはパブリックな場所に出せないなんて、日本じゃなかなか理解されることはないなとしみじみ感じた瞬間であった。