Bonne journée, Photo

a primal scene

201701-211

English text at bottom.

冬が胸にきたとはあまり普通の状況ではない。冬が頭にきたというなら、それはもう寒くて仕事が捗らないとか雪が多くて外出先から帰れなくなったとかそんなことも想像するが、血気盛んな誰かがアタマにきたという事ではない。冬が足にきたという事もあるかなとも思うが、それはそれで体調が悪そうである。もしかすると、お医者さんに診てもらったほうが良いのかもと心配になる。だが、どうやらそうでもないらしい。何しろ胸にきたのだ。ひょっとして胸がジンとしたのかもしれない。

普通、悲しさが胸に来るとか胸にぐっと来るとか、「胸に来る」には周りに何かしらの説明がある。もちろん、シンプルに胸に来ると言われてもそれを想像するのは難しくない。だから、現代風に単純化しているだけなのだろう。この文、今年のJRのキャンペーンコピーである。JR SKISKIという例のシリーズだ。難しく講釈を述べるような話でもない。では、なぜそんな話を書くかと言えば、広告が心配なのである。

2016年シーズンと言えば「そこに雪はあるか」を暖冬で雪のない中で展開し、「ない」とtwitterなどでつぶやかれたのが記憶に新しい。その前のシーズンは「全部雪のせいだ」とやったら大雪で災害も発生し、あまり都合のよろしくない状況となった。さすがに「冬が胸にきた」で不都合があるとは思えないが、ここまで来ると安心できるとも言い切れない。一部では「とうとう雪はあきらめたらしい。」と変に勘ぐられているようでもあり、なかなかコピーは難しい。

さて、冬のイメージである。個人的には、冬は乾燥した風と霜柱と刈り田の薄氷が原風景であって、雪は後から付け足された映像でしかない。今はもう見る事も稀な谷戸のあぜ道を歩けば、隣合う広葉樹の明るい林の隙間から柔らかな陽射しがわずかに残った黄色い葉に染み出し、凍った風が頬を過ぎる。指先と鼻の奥に冬はくる。

Here I have discussed about an advertising slogan and a primal scene. The ADs was for traveling for skiing and, of course, mentioning snow. However the winter for me means a dappled sunlight dropping softly in a dry forest. 

201701-212

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