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Floral Friday #125


 今日、7月14日は、日本では革命記念日とかパリ祭とか呼ばれ、北米ではバスティーユ・デイ(Bastille day)と呼ばれているが、フランスの多くの人は単に7月14日(Le Quatorze Juillet)と言う。
 フランス共和国としての建国記念日である。各地で花火が打ち上げられ、シャンゼリゼ通りは軍事学校や機械化部隊から外人部隊までの軍事パレードと式典が続き、それをテレビが延々と放送する。毎年ツール・ド・フランスの期間中にあたり、その特別な日のレースは、今年はリヨンに近いGrand Colombierの山岳コースだそうだ。
 そんな他人事のような7月14日は、知人が式典に出ることを嬉しそうに語るのを見て、突然身近なものになった。そして同時に、自分が移民として受け入れてもらっているのだと感じた日でもあった。写真はそんな時期にフランスで撮影したもの。

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Floral Friday #124


流石に涼しい木陰にある紫陽花も花期を終え、街は真夏の花に入れ替わり始めた。梅雨の合間に差し込む日差しが目の奥に染み込んでくるようで、せっかくの陽射しであってもサングラスをかけて出歩くような強烈さだ。

良い週末を。

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Floral Friday #123


鎌倉はふらっと散歩に行ける距離だというのに、ずっと遠ざかっていた。あえて理由を探すなら、混雑している場所を避けていたと言うところなのだが、それが特段の理由というわけでもない。通勤電車を郊外方向に少し行くだけなのだから、面倒がらずに家を出れば良いのだが、近いだけになんとなく億劫な感覚を持ってしまうというのが正直なところだ。でも、出かけてみれば案外楽しい。

北鎌倉の駅を降りて周囲を見渡せば、平日の朝だというのになかなかの人通りだった。誰もが明月院を目指して狭い道を歩き出す。別名あじさい寺。半分は宣伝文句だろうが、明月院ブルーなどと言われる紫陽花の名所である。でも、自分はといえば、そんな人混みを避けて街を歩く。でも、一箇所くらい知られたお寺さんにでも立ち寄りたいなと晴れ間の出た円覚寺を歩き、竹林に溢れる日差しと紫陽花をのんびり眺めた。

水曜日のWordless Wednesdayの写真と今日の写真はほぼ同じ場所。見ている方向と場所がほんの少し違うだけ。このくらい美しければ十分だと、明月院には立ち寄らず、反対側の谷戸に向かって円覚寺を後にした。

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Floral Friday #122


石垣島の月桃のポストのあとで、先の土曜日には西表島のクロツラヘラサギの記事をポストしたのだが、その流れで今週はMostly Monochrome MondayもWordless Wednesdayも八重山諸島の写真を使ってみた。そして今日も石垣島かどこかのハイビスカスである。

南国ムードを漂わせるハイビスカスは、防風林的な役割も兼ねてあちこちに植えられているが、同時に墓前の花でもある。だから庭にはあまり植えず垣根などに使うそうだ。故人のための花がこんなに華やかなら、残されたものも少し明るい気分になれるものなのかもしれない。

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Floral Friday #121


この数年は、徐々に英語でのポストを少なくしてきて、特にこの1年ほどはできるだけ週末と金曜日の記事は日本語のみにしてきたら、思いのほかアクセス数が減ってきた。英語の力は大きいのだなと実感する。昨日はウクライナでボランティアをしている人の映像がニュースで流れていて、訛りのある英語で窮状を訴えているのを見たが、もはや世界に伝えるには英語ということになっているのだろう。英語は良かれ悪しかれ、世界のコミュニケーション言語となったということだ。イギリスがEUから離脱して、EUの共通語から英語を外すなんて話もあったが、対話をするためには、結局は誰もが英語で話をするしかないのだ。

では英語でコミュニケーションすれば良いかと言われれば、それはあくまでもコミュニケーションなのであって、子供の頃から積み上げた言語と同等に使えるようになるには時間がかかるというものである。アメリカ企業で働いていてパートナーが日本人のフランス人の知り合いがいるが、先日Webで公開されている履歴書を見させていただいたら、言語の欄に、フランス語はネイティブ、英語は仕事で完全に使えるレベル、日本語は仕事で問題ないレベル、ドイツ語は基本会話程度とか羅列してあって、なるほどなぁと感心させられた。英語力は間違いなく高い人で、細かなニュアンスまで的確に言うスキルがあるのだが、確かに日本語となると物言いがシンプルになる。でも、言語の背景となる文化まで含めてなら母国語であるフランス語でなければならないということだ。

パートナーとの普段の会話は日仏ごちゃ混ぜらしいが、ニュアンスも含めたコミュニケーションならそれで良いのだろう。でも、ボードレールを語れと言われたら、日本語じゃ難しいのかもしれない。ちなみに、しばらく日本にも住んでいたというので沖縄料理屋でゴーヤを食べさせたら、「こんな苦いものは食べたことがない」そうだ。もう二度と食べないと言って、名前を一所懸命覚えていた。兎角、文化は難しい。