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A Book: 正弦曲線

201709-411Written in Japanese.

セイゲンキョクセンというコムズカシイ単語に騙されてはいけない。本格的な夏の始まる予感を追いやる様に艶やかな無垢材の床で涼をとりながら、駅前で配られるティッシュペーパーほどの厚みしかない文庫本に左手の親指を差し込んで、半ば義務であるかのように反復した。コムズカシイ単語に騙されてはいけない。わずかに黄色味がかったページをもったいぶって繰りつつ、表紙をひらりと返せば上の隅の方に4つの黒い漢字が適当な距離を置いて並んでいる。正と弦と曲と線が一文字分ほどの隙間を挟んで本のタイトルですよと知らせているのだ。
この漢字の組み合わせは正弦と曲線のふたつに分かれるのだろうが、等間隔かつディスクリートに4つの黒ぐろとした文字を並べられるとなんだか怪しい気分になってくる。正と曲の角張ってはいるが端正な佇まいに比べると弦と線は斜め線と横線が忙しい。しかもゲンとセンである。装丁を担当した誰かが罠にはめようと仕組んだのではあるまいかと、表紙を見ながらふと考えてしまうのであった。あらかじめ用意しておいたコーヒーを手にしながら、いつか文庫の黄色味がかった紙から泌みだしたセイゲンキョクセンが頭の周りでピーンと音を響かせていた。
正弦曲線という言葉が誰の記憶にあるわけでもないだろう。中学だったか高校だったかで眠気と戦いながら聞く正弦曲線は、多くの人にとってはサインコサインタンジェントなる呪文が描く異空間の波の一部であって、青い生真面目な線がびっしりと引かれたグラフ用紙の上になんの役に立たつか分からない曲線を描く修行の結果でもある。そのサインコサインタンジェントを唱えながら線を描く修行が、よもや未来の仕事で役に立たつとは誰も思わないであろう。結果、「正弦曲線」と明確に、時にボールドされて記載されたこの4つの漢字は、ほとんどの人の記憶から徐々に消えていくのだ。正弦曲線と言う直線でできた文字を四角い顔をして眺めるより、どうやったら明日を元気に過ごせるかを考える方が明らかに簡単そうではないかと。
そうやって一見簡単そうに見える人生の問いがテツガクとなる瞬間までに、正弦曲線は忘却の彼方へと沈みゆく。疑問を持たずに過ごすには人生は長く、答えを得るには短すぎるというのに。

ファンからすればいつも通り。ただ、とっつきにくいと感じる人もいるだろう。私にはコクのある世間話である。

※ この文章は初夏に書かれた。

最近読んだ本

正弦曲線 (中公文庫)
堀江 敏幸

2 thoughts on “A Book: 正弦曲線”

  1. Even though i don’t understand Japanese i’m going to assume this is something positive

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