The text was written only in Japanese.
ピアノのきらびやかでゆったりと重なり合う和音の階段とうねるような弦の波が響きわたるその小さな空間で、少し離れた先に所在なく視線を向けて、クリーニングの受け取りを待っていた。あたたかで少しノスタルジックなオレンジ色の明かりに照らされたカウンターには、Facebookのアドレス。チャイコフスキーが鳴り響く小さな空間は、だがしかし、普通の小さなクリーニング店である。お洒落な調度品があるわけでもない。小綺麗ではあるが、壁はところどころ色褪せている。その不思議な違和感の中でクリーニングされた服の受け取りを待っていた。
大抵のクリーニング店は、白く清潔感あふれる内装にこれまた白い輝く光が溢れている。まるでUFOでも舞い降りそうな様相で顧客を待ちうけている。清潔に見せているのだろう。それもビジネスの一部。まぁそうだろうと当然のように受け入れている。でも、そうでなければならないという理由もない。チャイコフスキーが流れる街角の小さなクリーニング店があっても良い。
駅にピアノがぽつんと置いてあるということがあったって良い。ピアノが好きな人がふと弾いてみたくなるような、そんなピアノが、見知らぬ人々が行き交う駅にぽつんと置かれていたら、その場所は当たり前の場所にその瞬間だけにあらわれる特別な意味を付け加えられた非日常になるだろう。長距離列車が着く度に溢れる人びと、これから旅立つ列車を待つ人びと、長旅に疲れた顔と電光掲示板を見上げる楽しそうな顔が他人事のようにすれ違い、時に再開を喜び別れを惜しむ。通奏低音のように話し声が床に染み込み、機械的なアナウンスがシャワーのように響く。時間を持て余し、iPadでWebページを開き、しまいこむ。電話に悪態をつき、花束を抱え、スピーカーを見上げる。そうやってそれぞれの空間に身を委ねながら、突然のピアノの音に気づく。ゆったりとしたショパンの前奏曲。そして、多くの人が不意にその瞬間を共有する。
フランスの国鉄にあたるSNCFでは、そんな駅のピアノを現実にやってみた。昨年末のことらしい。一般のニュースではあまり話題にならなかったが、フランス在住の方のブログやライフスタイル系のニュース記事では少し話題となっていた。モンパルナスの駅に置かれた非日常のピアノは、やがて主要なほかの駅に置かれて行く。
Les pianos en gare(駅でピアノ)、そのものずばりのタイトルは、むしろ想像を広げ、多くの人の支持を得てきた。駅だからか、下手なピアノもあまりうるさくない。腕に覚えがなくとも、少しだけなら弾けるという程度の人が、さっと座って鍵盤を確かめ、去って行くらしい。JRも駅でコンサートをやったりしているが、それとはまた違った場がそこに現れるのだ。羨ましいかぎりである。
6/21は Fête de la musique (音楽の日、昨年の記事)。フランス発祥のこの日は、今や世界中に広がり、日本でもいくつかのイベントが予定されているらしい。なかなかフランスのような街中が音楽にあふれるという状況でもないが、どこかで不意に音楽に出会うかも知れない。そう考えるだけで少しだけ楽しそうな気配がしてくる。
さて、冒頭のクリーニング店だが、先日そばを歩いていて、足元に木製の小さな看板が置いてあることに気がついた。ピアノ教室。きっとお店のご家族か親しい知り合いにピアノの先生がいるのだろう。チャイコフスキーが流れるクリーニング店などそうあるものでもない。
そのような文化〜とてもいいですね^^
日本にもあるといいです〜
よい週末を♪
どこにでも共有できる音楽があるというのがいいですね。
昔住んでいた浜松市では、ヤマハ、カワイ、ローランド、スズキなどの工場があったおかげで浜松駅の新幹線乗り場のコンコースにピアノやバイクなどが展示されていました。
気になってネットで調べると、今でもそれはあるようで、当時は見かけなかったピアノを弾く人がいらっしゃるようです。新幹線を待つ時間に弾く方もいれば、わざわざ展示している高級ピアノを弾きに来られる方などさまざまとか。
記事を読んでふと懐かしく思い出しました。
さすが静岡ですね。東京近郊はピアノを設置するには乗降客が多すぎるかもしれません。