Bonne journée

抽象


 ピート・モンドリアンの本当の名前は、ピエト・モンドリアンなのだと思っていた。モンドリアンという響きからしたら、ヨーロッパのどこからか移り住んだ移民で、英語の響きに合わせてピートと呼ばれたのだろうと。その推測はあながち外れてはいなかったのだが、本名は、ピーテル・モンドリアーン(Pieter Cornelis Mondriaan)で、オランダ人だそうだ。確かにaanという語尾はオランダ的ではある。
 言わずと知れた抽象画の巨匠で、抽象画というジャンルを作り上げたひとりと言って良いのだろう。少なくとも絵画の拙い知識はそう言っている。
 絵画好きなら誰でも知っているモンドリアンであるが、個人的には(素人の単なる絵画好きなのだから個人的に決まっている)、正直言えば、どことなくテキスタイルのイメージがこびりついて、さほど興味を持たなくなって久しい。現代の基準で見てはいけないとは分かっている。そう分かっていても、イヴ・サン=ローランの作り上げたイメージが強烈すぎるのだ。
 もちろん初期の作品や抽象画への移行期の作品はまるで違う。自然なリンゴの木が、やがて曖昧な空間に漂うさざなみのように画面を揺れ出すのを見ていると、ちょっとワクワクさせられる。

 そんなモンドリアンの作品で、これだけは心惹かれるという作品がブロードウェイ・ブギウギである。抽象化され、もはや元が何だったかもわからないほどの単純な図形と色になった作品の中で、これだけは元の形も色もリアルに想像できる。「あぁ、これがブロードウェイか」と車のクラクションの音まで聞こえてくるのだ。街角にはポスターが貼られ、宣伝用の音楽が流れている。
 きっとこれがモンドリアンの集大成なのだと勝手に想像した。目に見えるものも見えないものも含めて、映像を単純化し続けた先に、具象があったのかもしれないとさえ想像した。美術の専門家でもないからモンドリアンがどう言っていたかも知らないが、単なる美術のファンであれば勝手に想像しても良いという特権もある。だから、それが間違いであったとしても、自分にとってのモンドリアンは、ブロードウェイ・ブギウギに集約される。

 先日、早朝の街を歩いていると、ふと目に止まったドアがあった。そのドアは、東京にあったのであって、モンドリアンとは何も関係ない。おそらくは早朝だから目についたのであって、普段は気づくこともないドアだろう。冬の朝の冷え切った空気の中で凍りつく金属のドア。真っ白だったであろうそのドアは薄汚れ、誰も見向きもしない商店の横で静かに存在していた。
 そのドアについた汚れがモンドリアンに見えてきたのだった。しかも、ドアの横にはアナログのメーターがあり、有機物を思わせる緑色のホースがのぞいている。ひょっとするとメーターの針はそのドアの街のエネルギーのレベルを示し、ホースは時折息を吹き返して動いているのかもしれない。落ちた枯れ葉がカサカサと音をたて、固く閉ざされていると思ったドアは、意外にも鍵がかかっていないように見える。周囲を見渡し、誰もいないことを確かめると、そのドアを開けてみたいという衝動が強くなった。もちろん、そんなことをすれば犯罪になるかもしれないし、開けたら向こう側にその場所の所有者がいて、こちらを睨んでいるかもしれなかった。常識に囚われていることを幸いに、ドアを開けずに済んだのは、ラッキーだったかもしれない。
(写真の下に続く)


 このドアを見つけ、足を止め、しばらく眺めていると、ふと妙な考えが湧いてきた。もしかしたら突き詰めて作り上げる抽象と、偶然生まれてくる紋様の間には、差異はないのではないかと。意図したわけではないであろうオレンジ色のマグネットが、太陽の控えめな傾きを表現しているとしても、それを誰も否定できないであろう。

 バナーの写真は、自然に落ちた枯れ葉などではなく、誰かが散りばめた赤い実と枝なのではないかと思い始めると、急にそれを否定できなくなるような気がするのである。そこには時間が重層化され、たたみ込まれている。四半世紀前にもこの赤い実を落とす木がそこにあって、そこを通りかかった子供達が習ったばかりのカタカナのキを作り、その時間が焼き込まれた地面を、毎年赤い実が覆い尽くす。そうやって生まれたテクスチャは、もはやテクスチャなどではなく、子供達の楽しげな歓声を写し込んだ抽象なのではないか。
 モンドリアンのドアだって、そこで行われている毎日の規則正しい商売と、日々のランダムに揺れ動く予期せぬ時間軸が焼き付けられているのかもしれない。そうやって生まれた図形がたまたまモンドリアンの表現のように見えたとしても、何も不思議はない。

 考えすぎだよ。

 その通り。考えすぎが面白い。

2 thoughts on “抽象”

  1. モンドリアンのイメージと言えば、やはりサンローランのと言った感じが強いかと思いますが、
    私が好きな料理家である辰巳芳子さんの「仕込みもの」という大型本の表紙がモンドリアンのブロードウェイ・ブギウギでした。
    仕込みものの大事さと楽しさを伝えたい、という著者の思いがこめられているとの説明書きがありましたが、確かに明るいイメージを感じますね。

    1. 「仕込みもの」をAmazonで見てみました。確かに表紙がブロードウェイ・ブギウギですね。この華やかで、ちょっと乱雑で、色々なものが詰め込まれているのにどこか整然としている感じが、合っていると考えられたのかもしれませんね。

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