Bonne journée

SOLDE

 誰も彼もが大きなロゴの入った紙袋を抱えて街を行き交う冬のバーゲンの季節となって、ようやく長い長いクリスマスムードが落ち着いてきた。買い物を抱えて歩く姿に違いはないが、それぞれの腕に大事に抱えられたそれが、ひと月前のようなリボンで飾られた山積みの箱から歩く広告のような巨大な袋に代わって、誰かを想う2か月が自分のための4週間になったというわけである。まだ少しばかりのクリスマスのかけらがあちこちに残されてはいるが、そこはクリスマスが過ぎたからと慌てて飾りを片付けるような妙な律儀さはない。公現祭が終わってもガレット・デ・ロワはいくらでも売っている。
 そんな状況であっても、そこここのガレージの片隅などにそれは集められている。どこか乾燥して白茶けたクリスマスツリーである。もう役目を終えて、各家庭の団欒の一画を占めていた立派なツリーはどこかに片付けられていく。時が過ぎれば良い思い出であると同時に、それは普通の家庭にはいささか大きなゴミとなるのである。そんなわかり切った事も、時が過ぎて初めて気がついたりするのだ。
 高さ2メートルもあるクリスマスツリーは、それは堂々として、眩く輝いていたはずである。その隣にでは暖炉がパチパチと音を立て、根元にはリボンのかけられた大きなプレゼントがその夜を待ち続けていたかもしれない。今年初めてつけられたオーナメントは、もしかするとホットワインの香りが漂うクリスマスマーケットで手に入れたばかりだろうか。
 だが、そのクリスマスツリーも時が過ぎればリサイクルに回さなければならない。
 ある日、街を歩いていると、先ほどまで立派に立っていたクリスマスツリーが片付けられた後に出会した。いや、何かを見たわけではない。ただ、石畳みの上に夥しいモミの木の葉と小枝が散らばっていただけである。それ以外に何かあったわけでもない。
「いやだ。まだここにいる。行きたくない!」
 そうやって暴れたツリーは、色あせた小枝を毟り取られながら持ち主に強引に連れ去られたに違いのだ。
「いいか、もうソルドの季節なんだ。ここにはいられない。一緒に来い。」
 そんな会話があったかどうかは知らないが、3メートル四方に散乱したまだ緑を少し残した小枝や葉のかけらが、どこか可愛そうな想像をかき立てた。
 仕方がないではないか、首根っこを掴まれて連れ去られるツリーは、もはやこの季節の当たり前の風景なのだから。
 クリスマスツリーの集積場も散乱した枝葉もここに写真をあげる気はない。でも、少しだけ。

2 thoughts on “SOLDE”

  1. なんて良い写真。ツリーの「いやだいやだ」という声が聞こえてきそうです。見ていると、そんな風にひきずらないで、せめてクリスマス前のように肩に担いであげてくださいよ、って言ってみたくなりますね。

    1. ちょっとくたびれたショーウィンドウが時々魅力的でつい写真に撮ってしまいます。
      先日、フランスでの友人が誇らしげに背の高いツリーを自慢してました。片付ける時も優しくしてあげてほしいですね。

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