2013年ゴールデンウィークの直前、六本木ヒルズが開業10周年を迎えたそうだ。10周年のマークは、ジャン=ミシェル・オトニエル(Jean-Michel Othoniel)の作品に着想を得たという。この「着想を得」たという表現を安易に使うあたりに六本木ヒルズらしさを感じるのは、偏ったイメージかそれとも違うのか。
もちろんオトニエルとの契約なりがあるのだろう。本人にあらかじめデザインを見せて確認をとっての表現だと想像するが、どこかすっきりしないと感じてしまう。
記憶に誤りがなければ、六本木ヒルズのコンセプトのひとつには、仕事と生活とエンターテイメントが近接する新たな街あり方があったように思う。表現は違ったかもしれないが、少なくとも結果的には、この10年がそうした新たなスタイルを生み、ヒルズ族といった言葉を生み出すまでに走り続けた10年であったろう。その時代を急ぐビジネスが起点としてきた場所となり、庶民には理解できないような事件もおきた。音楽やアートを発信する一方、同時に震災では発電所ともなった。
10周年にあわせてジャン=ミシェル・オトニエルの《Kin no Kokoro》が設置されたのは、おそらくは、そうした試みの通過点のひとつなのだろう。毛利庭園の池に浮き上がるその姿は、オトニエルらしい浮遊感に満ちているようである。
残念ながら、オトニエルのガラス作品は写真で見てもその空間的な面白みはなかなか理解しにくい。実際に見てみるのが一番よいだろう。その点でも着想を得たという表現はやはりしっくりこない。
ここに載せた写真は、パリのポンピドゥーセンター(2011年)からソウル、東京、ニューヨークと巡回した個展の原美術館での展示である。
六本木ヒルズ10周年ですか。本当だマークが原ミュージアムの入り口にある赤いハートみたいに見えますね。作品が庭に設置されたんのですか。知らなかったです。言われないと気がつかないかも。
こういう作品は、企業が持っていろんな人に見せた方が、作品自体が活きて良いのかもしれませんね。
今は歴史的な作家であっても売出し中はいろいろな支援者がいたはず。オトニエルのような世界的な評価を得ている人でも、パブリックに作品が置かれることで作品が活かされることも多いでしょうね。全く知らない人が初めてオトニエルに出会う場所としてもヒルズはよい場所かもしれません。