Bonne journée

MORT


 法の精神なんて堅苦しいことを言うと、この先読んでもらえないかもしれない。そんな大袈裟な話ではないのだが、この言葉が便利だからちょっと使ってみた。
 発端は「相席ブロック」に対策をするという記事(例えば日経)なのだが、これを読みながらフランス人との昔の会話を思い出した。

 その時は、5人ほどのフランス人とランチを食べていた。ランチの話題なので色々とランダムなのだが、そのうち、フランスで少しだけ話題になったTGVの裏技の話になった。フランスの新幹線などと言われるTGVだが、もちろん料金は安くない。ただ、早期割引だったり、混雑していない時間帯の割引だったりと、色々割引がある。その割引のひとつを使うと、かなり安く長距離を旅できるという話だった。何やら複雑で自分には理解できなかったが、どうやら乗り継ぎがポイントだった。乗り継ぎの条件を工夫すると、通常は適用されないはずの大幅割引が適用されるという話である。
 ひと通り話が終わって
「へえー、そんなのがあるんだね」
と頷いていると、環境や食生活の話に一家言ある一人が、こちらを向いてこう言ってきた。
「お前、話がわかったか?」
もちろんよく分からないこともあったが、話の内容自体は理解した。だからこう答えた。
「詳しい条件とかは地名もあって分からなかったが、話自体は理解した。」
ところが、そのフランス人の反応は少々予想外だった。
「俺には分からなかった。こんなことは理解できない。TGVの価格設定には理由があって、その設定ルールの抜け穴を使って安くするなんて、意味が分からない。」
 今だったら某米国大統領が嫌いなウォーク(目覚めたやつ)である。
 何かルールを決めたのには理由があって、皆がルールを守るからその理由が満たされる。もしその抜け穴を使ってしまえばルールの意味がない。そう考えるのが法の精神の意味の一部である。法の抜け穴だろうが、民間のルールの抜け穴であろうが違いはない。だから合法なドラッグが問題となるのだ。それがわかっているからこそ、そのフランス人は理解できないと言っていたのだ。

 相席ブロックの内容についてはここでは書かない。知らなければ(かつ必要であれば)Googleなどで調べていただきたい。この話はキャンセル料が安いことを利用した予約の話である。ただ、キャンセル料が安いことには理由がある。その安いキャンセル料を使うことを「裏技」と思うか「悪用」と思うかには個人差がある。個人差はあるが、法の精神的な面から見れば間違いなく「悪用」である。
 TGV料金の抜け穴を理解できないとしたフランス人は、とても情熱的に仕事をするなかなか良いやつだった。今はリタイアしてしまったが、若い頃はアメリカに住み、世界中を飛び回っていたらしい。そこで学んだことが、生真面目であることだ。今は一番嫌がられるタイプなのかもしれない。ただ、ルールに抜け穴があったら穴を埋めるか使わないことが秩序を保つことだと理解していた点では、今どき一番必要な人間でもあるだろう。

 フランス人は列に並ばない。でも、意味が理解できればもちろん並ぶ。見方によってはよほど日本人より生真面目だ。そうした生真面目さが近年失われてきたのだそうだ。
 世界中、状況は似ているのかもしれない。

 そうそう、タイトルと写真の説明を忘れた。写真はフランスの鉄道である。その跨線橋から下を覗き込むとフェンスがあって、DANGERと書いてあった。危険という意味である。スペルは英語と同じだが、名詞でダンジェ。その隣に書いてあるのはMORT、死である。「死の危険性」とでも訳すべきなのだろうが、ストレートに死ぬよと書いてあると思った方が良さそうだ。法と違ってこちらは直接的な危険だが、長期的に見れば似たようなものか。

Bonne journée

RED-2

Anonymous said, colour of autumn leaves in Japan was red, and the rest is yellow. I don’t agree. Autumn colors are various and filled with a lot of colours on our planet. However, it is true that red is a kind of dominant colour at least around Tokyo because of cherry trees, dodan-tsutsuji (Enkianthus perulatus) and such street plants. In addition, late autumn weather is usually dry and clear then you may see some orange skies both in a morning and evening. And, needless to say, it is a good moment.

Bonne journée

RED

As winter approaches, the world tends to turn brown, but late autumn in Tokyo is surprisingly full of red. Sometimes the red nuts shine in the sun under the blue sky, and sometimes the dry sky at dusk is dyed red. In a sense, it also means that we will soon feel the crispness of the cold morning air. A medieval poet once wrote, “Mornings are the best in winter,” and I agree, because it gets warmer during the day.

Bonne journée

こちふかば -4-


 若い頃、それこそプロの仕事がどんなものかも分からず、ともかく言われたことをどれだけスマートに期待通りに仕上げるかくらいしか基準が思いつかなかった頃、アメリカからインターン生が来た。わざわざ日本を選んだのか?と思うのは最近の若い人だけで、50代以降の年寄りはなるほどと思うかもしれない。バブルが弾けたなんて言い方をするが、技術力も生産力も世界トップクラスだった日本は、魅力的なインターン先だったのだ。ただ、英語が話せないなどと言って尻込みをする管理職も多かったから、なかなか見つからないインターン先でもあった。案外日本は魅力的な仕事先だったのだ。

 実は、数年前にフランス人の学生から日本でのインターン先を探していると相談されたことがある。フランスで仕事をしている日本人は少なくないが、少々アカデミックな仕事に関わっていたので、相談しやすかったのだろう。だが、探すのは容易ではなかった。今時英語を尻込みしたわけでも、フランス語を恐れたわけでもない。当の本人は日本語を一所懸命勉強しようとしていたし、会話は英語で問題なかった。

 難しかった理由はコストだ。英語で尻込みしていた日本企業は、今ではコストで尻込みしている。人件費はとてつもなく大きなコストだ。会社を運営していれば、建物や光熱費などの費用もあれば、仕入れのための費用だったりも考えなければならない。でも、確実にかかる費用でかつ大きな金額となるのが人件費だ。インターン生に給与を払わないなんてことをやっているのは超短期の場合くらいで、研修だからタダってことはない。

 そんなわけで、最近ではコストが問題だから受け入れなくなってきた海外インターンだが、そのアメリカから来たインターン生は大変に良く仕事をする人で、あっという間に正社員と同じレベルで仕事をするようになった。社員の親睦会で日本のテレビの真似をして、周囲を楽しませることまでした。アメリカ人ってすごいなと感心させられたのだった。そのアメリカ人は日本人の仕事ぶりを見ていて、よく真面目に働くなと思っていたらしい。

 インターンの期間(確か半年だったと記憶している)も半ばを過ぎた頃、ちょっとした事件がおこった。インターン生の働いていた部門の隣の開発部門がやっていたプロジェクトが、中止となったのだ。インターン生の仕事の一部は、その開発部門の作っていた英語のマニュアルをネイティブチェックして校正することだったのだが、当然その仕事も無くなった。それどころか、そのプロジェクトが中止となった開発部門はしばらくの間仕事が無くなったのだった。管理職は浮いたリソースを別なプロジェクトに回すとか、次の仕事を探してくるとか、それなりに忙しかったのだが、若い人たちは特段することもなかった。だから出社してはくるものの、残務整理を多少する程度であとはおしゃべりをして過ごしていた。

 インターン生から見れば何事かと訝しむところだ。日本語で色々話をしていても、誰もインターン生には詳しく説明しなかったから、数日して異変に気づいたインターン生が質問をしてきた。「何で仕事をしないの?」という至極真っ当な疑問である。真面目だと思っていた日本人が遊んでいるのだ。そうだった、彼は日本語が分からないじゃないかとプロジェクトの中止を伝える。すると、インターン生の反応は意外なものだった。
「ああ、そういうことね。よくあるよね。契約解除になるのかな。次の仕事がすぐ見つかるといいね。」
ここはアメリカじゃない。終身雇用だから次の仕事待ちだ。そんな説明はややこしくてうまくできなかった。そもそもインターン生だって仕事が危ういだろうに、当たり前すぎて気にしていないのだった。

 人件費はコストだ。だから仕事がなくなれば解雇する。そのくらいの発想で動いているのがアメリカ社会でもある。逆にいえば、そのコストである人件費を効率よく運営して価値を生み出すのが経営だ。

 ここまでは理解しやすい。不思議なのは、コストのかかる人を効率よく運営するためには、マイクロマネージメントも必要だと考える日本人が少なからずいることだ。「お前には金がかかっているんだ。その金に見合った仕事をしろ。俺のいう通りにやれ。」である。まあ、分からないでもないが、たいてい言われた側の感想は、「やれやれ老害だ。」である。

 人件費はコストだと書いた。コストとは使い捨ての償却される費用である。だが、欧州では、これを文字通りコストだと思って経営してはいない。多くの国が日本のような終身雇用で、解雇すれば多額の費用がかかるが、育ってくれれば金を生み出す投資先だと思っている。

 つまり、人件費は投資。コストがかかるから自由に発想させて、良い部分を最大限掬いとるのが経営なのだ。もちろん投資だから、マイクロマネジメントは厳禁である。日本の常識で働いていると、何か事件が起きた時に、少々面食らうことになる。

Bonne journée

こちふかば -3-


 ちょっとツキに見放されていた。

 その日は、取引先候補との交渉状況を、日本の出資者に報告する予定が入っていた。資料を確認し、夜の間に届いたメールをチェックする。いくつものメールを斜め読みしていると、その報告をしようとしていた取引先候補からの連絡があった。なんだろうなと思って開くと、ようやく話が進みそうな取引の打ち合わせをキャンセルしたいと書かれている。よりによって状況報告の朝に打ち合わせの延期の連絡とはツイてない。やれやれと思いながら読み進めると打ち合わせのキャンセルどころの話ではない。コロナの影響を見定めるまで、全ての計画が白紙になったとあるではないか。

 今更出資者への報告を延期するわけにもいかなかった。状況を報告する出資者は日本だから、打ち合わせはの時間は時差の関係で早朝に設定してあって、まもなく始まる時間だった。共同パートナーは休暇中。仕方なく会議に接続する。繋がってみれば相手は何故か大人数で、誰もが不機嫌な顔をしている。きっとその前に何かあったのだ。さあ、なんと説明しよう。コロナだからなどと言い訳しても、「そんな事は分かっている。だからどうするのか?」と聞かれるのが関の山。困ったな。ひと月前ならきっと問題なかった。ツイてない。

 仕事は努力+運だと言う人がいる。いやいや才能だと言う人もいる。幸運は掴み取るものだなんて書かれた本もある。じゃあコロナは何だろう。

 確かにリスク分析をして、失敗時のダメージを最小にしながら、少ないチャンスをモノにするのは運・不運の話ではない。だから、チャンスを逃さないことが運・不運みたいなもので、運は自分でつかみ取れると説明する人はたくさんいる。正論である。でも、避けられない不運というのは間違いなくあって、避けられない不運を反省せよと言っても何も改善しない。不思議なことに、この不運を反省するのが大好きなのが日本のような気がしている。
「こんな簡単なミス、どうして避けられなかったの?二桁の足し算じゃない。一箇所ミスがあるだけで全体が信用できなくなるんだよ。」
いや、二桁の足し算だから暗算したわけで、しかも報告書の隅っこのメモだからチェックもしなかったんだけどなぁ。そう思う時、このミスは不運なのだ。だって、きっとその前にもっと重要な案件が舞い込んできたのだ。その担当者は外出中だし、大した計算でもないからサッとやっつけただけのこと。で、慌てていたから計算ミスをした。

 こんな時に反省しても何も解決しない。「ダブルチェックする」なんて対応策を言う人もいるようだが、ダブルチェックの担当者が計算し直すとは限らない。やがてダブルチェックの後で提出した資料は事務局が再チェックするという長大なフローが出来上がる。

 凡ミスは反省しても仕方ない。人間は誰だってミスをする。1000個注文しようとして1000個単位の入力と知らず1000,000個注文したら大事だろうが、そのミスは絶対に防げない。だって人間なのだ。むしろ、いつもと違った注文があったら警告を上げるしくみを考えた方が良い。入力したら指差し確認するとか、注意深くチェックするとかいった仕組みは、いくらやっても機能しない。

 どうしてこんなことを長々と書いているかといえば、フランス人の同僚に指摘されたからである。なぜ日本人はつまらないケアレスミスのために何時間もかけて議論するのか、そのフランス人には理解できないと言う。
「一時間あたり5000千円の費用がかかっている従業員を3人も拘束して、反省会とそのための資料作りに半日もかけたら、それだけで5万円の損失だ。それで何も解決しない。先日は1ユーロの誤差のためにエース級の社員を2日も拘束したではないか。損金だったわけでもなく、損金だったとしても高々1ユーロだ。」
そして、監査で指摘される。
「しっかり課題があれば問題点としてあげて対応しているのは大変に良いことですが、コストもかかります。そもそも、監査は経営の問題点がないか見ているのであって、ネガティブな事を取り上げるのが仕事じゃありません。この会社にとってチャンスがないか、ちゃんと項目をあげてみているかどうかも経営課題です。しっかり点検して、良い面もリストアップしてください。」
つまらんことに時間をかけてないで、チャンスを見ることに時間をかけろと言うのだ。

 最近の日本はコンプライアンス流行りでネガティヴな面を上げるのが仕事みたいになっている。だが、そんなことが流行りの国はそう多くはない。法的な面はしっかりチェックするが、不運は不運、ミスはミス、深追いすべきでないことは深追いしない。そんな能天気さが必要なのかもしれない。

 幸運といえば、Good luck。日本人が間違いやすい単語を思い出した。海外と仕事をするようになって、早々に面食らった単語である。このGood luck、「幸運を」なんて単純に訳してはいけない。そう意味合いもあるにはあるが、普段の会話はちょっと違う。大抵は、これから不幸が待ち構えているであろう時に使う。不運であること間違いなしの絶体絶命だから、幸運を!なのだ。

 フランスに移住して仕事を始めたら、健康診断に行けという。そりゃそうだ。日本だって仕事を始めたら職場の健康診断がある。そう思って色々聞いたが、どうも歯切れが悪い。至って普通の健康診断であるし、産業医も車で5分の場所にいる。予約も取ってくれたと言う。何ひとつ困ることもない。なのにちょっと変だ。
「まあ、身長・体重・視力その他もろもろ検査して、その後インタビューだから着の身着のまま行けば良いよ。じゃあ、Good luck。」
そう言ってウインクしてみせる。

 行ってみても特に問題はなかったし、検査の後のインタビューも40分も楽しく話をして、仕事をする上で制限はないという結論だった。会社に戻ってそう伝えると、ようやく真相がわかった。まず、今回の担当医は初めての人だったのだ。誰も詳しくは語らないが、前任の産業医がともかく変わり者で、誰も彼もが絶対に受けたくない健康診断だったそうだ。後任の医師はどんな人物かを誰も知らず、どう考えても健康診断がまともな筈がない。その最初が日本人なんて、何が起きるか分からない。そう考えていたのだった。だからこそGood luck。そう言う時にも使う言葉なのである。


 ニュアンスといった話ではなく、言葉の誤解という点で、少しだけ驚いた話があった。新しいiPhoneのOS(iOS26)に、「スヌーズの継続時間」という項目があるそうだ。目覚まし時計を止めても再び鳴るようにするスヌーズの設定である。これが理解しにくいということらしい。スヌーズボタンを押す時間とか、鳴る時間とか、よく分からないがそんな時間の長さと感じるということだった。

 スヌーズはSnoozeであって、つまりは居眠りである。ボタンを押して音を止め、もうちょっと居眠りをするのがスヌーズだ。だから、スヌーズの継続時間は、居眠りをする時間を意味している。これまではその居眠り時間が固定だったのが変更できるようになったそうである。元の英語であれば、違和感もないこの言葉が、日本語化されるとどこかで意味がわからなくなる、そんな典型例なのかもしれない。