Books

A Book: 落日の剣(Sword at Sunset)

books-sword「落日の剣」の舞台はローマの栄華過ぎ去って後のブリテンである。ハドリアヌスの防城はまだ健在であったろうが、すでに目的は失われ、恐らくは危うい平衡が崩れたことによる民族間の争いにより、多くの場所で崩れ落ちてさえいたのだろう。ただ、サトクリフはその過不足ない計算された描写力により、現実であったかのように1500年前のブリテンを我々の前に示すが、それは実際には現実ではない。モデルとなるアーサー王(King Arthur)は未だ歴史ですらない。実際に存在したのかしれないが、研究者は今のところその可能性を示す事実を積み重ねるのみである。それでも多くの人が、こうして誰もが触れることの出来る文として栄光と信頼、裏切りと死を描き、また多くの人が実際におこった歴史のように親しみを持って読もうとする。歴史の一部ではあっても史実ではないにもかかわらず。

果たして、アーサー王は本当に歴史が伝説となったものなのか。「落日の剣」はそれが愚問であると言っているようにも思われる。そこにはマーリンも現れないし、奇跡も起こらない。にもかかわらず、現実と非現実の境界線は曖昧で見えない。それは、境界そのものが、現代の人々が囚われたなにものかによって規定されているからか。かつてそこにあった「雨月」がその境界線なのか。

アーサー王伝説の舞台はブリテンだが、伝説となる世界は、現代で言えば、フランス・ブルターニュ(Bretagne)もその一部となっている。ブルターニュを旅していても、旅人には、あるいはそこに住む人にすらその気配を感じることはないのかも知れないが、確実にそれはある。何かの民族的な日であれば、例えばケルトの伝統が現れることもあるだろうし、マーリンの名前を言っても、地元の文化として自然に話がはずむこともある。現代ではフランスという異なる国家であってもである。

アーサー王伝説は、それが歴史であるかどうかにかかわらず、そこに確実に存在するなにものかである。感情やおかれた状況と葛藤しながら、時に得体の知れない何ものかに怯えながら、一所懸命前に進もうとするからこそ、伝説は歴史ですらあるのである。

最近読んだ本

落日の剣 (原書房)
ローズマリ サトクリフ(Rosemary Sutcliff)著、 山本 史郎, 山本 泰子 訳

中世騎士物語 (岩波文庫)
ブルフィンチ 著、野上 弥生子 訳

1 thought on “A Book: 落日の剣(Sword at Sunset)”

Comments are closed.