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グルグルボケ

201704-211

まだ何にでも興味を持つことができた小学生の頃、ただひとつ興味がなかったのは、古ぼけた建物の800年もの歴史を思うことだった。修学旅行でいくら説明を聞いたところで、要は壊れかけた木の建物でしかなかった。明治になって再建されたかどうかなど、どうでもよかった。古いことには違いないと、そう思っていた。社会のことなど何もわかっていないくせに全てを知っているつもりになっている小学生には、明治も江戸も鎌倉も同じ昔話でしかなかった。
そんな調子で行った修学旅行で興味を持ったもののひとつが、あまり親しくもないクラスメイトが持ってきたフィルムカメラだった。それは、金属をこれでもかと見せつけるような銀色で、太陽を反射して輝き、レバーを動かせばぎっしりとつまった機械の音がした。きっと親が、遊んでいてどこかで失くしてしまってもいいやと使いふるしたものを与えたものだったに違いない。今からすれば単なる中古のカメラであって、良く言ってもクラシックカメラでしかなかったが、小学生の男の子達からすれば憧れのガジェットであった。もちろん、たったひとつの興味が長続きするはずもなく、他に面白いことがあればすぐに意識はそちらに移ってしまったのだが、その銀色のカメラは、修学旅行から帰って来ても興味を集めることとなった。そのクラスメイトが持って来たプリントには、不思議なものが写っていたのだ。
ひとりひとりが写っている写真を焼増しし、個別に袋に入れて準備をしてくれたのは彼のご両親だっただろう。取り出した丁寧に折りたたまれた紙を開くと、古都を背景にした笑顔から口を開けて眠る呆けた顔まで様々な写真が出て来て、クラスの中には笑い声が広がった。そんな中でひとりが自分の袋を開けて驚いたような声をあげた。皆が覗き込むとそこには肩を組む3人とオレンジ色の不思議な光があった。もう一人が「オレのも」と言い、今度は皆がそちらを覗き込んだ。
「心霊写真じゃん。」
そう言うと悲鳴のような歓声が上がった。
「違うよ。フィルムに光が入ったんだって。」
もちろん、誰もが良くわからなかった。ただ、同じ写真に同じようにオレンジの線が入るのを見て、フィルムに光が入ったのだというどこか科学的な説明に皆が納得したような気がしていた。どこかかっこいい銀色のカメラが、誰もがわからないオレンジ色の光をとらえたのだった。
そんな大騒ぎの様子を黙って見ていたひとりがいた。浮かない顔をした彼の手には、鬱蒼とした木立の前でぽつんと立つ写真があった。大人しい彼には友達が少なかった訳ではなかったが、いつも好んでひとりでいるようなところがあった。だからなのか、その写真も緑色の背景に体をよじるようにして、ひとり立っていた。何の変哲もないその写真が他とひとつ違うのは、彼を中心に背景がグルグルと回転していたことだった。
「やっぱ、心霊写真じゃん。」
その後の事は覚えていない。

そうして10年が経ち、私は大学の研究室で銀色のカメラを手にして友達と冗談を言いあっていた。周囲にはカメラ好きはいなかったし、研究も写真とは全く関係なかったが、カメラを度々手元において普段の風景を撮っていたのだった。カメラはもちろん中古のフィルムカメラであって、父親が使わなくなって捨てるかどうか迷っていたような代物だったが、ビルの屋上で夕陽に照らされる友人や景色を撮っているぶんには、十分だった。
古いレンズが距離と絞りの関係でグルグルと回転したようなボケを描く事を知ったのは、ちょうどその頃だった。いつもそうなる訳ではない。普段は素晴らしく柔らかな澄んだ空気を写し取るレンズが、コントラストのあるざわざわと細かなテクスチャーの背景と特定の距離と特定の絞りとなる時、突然不思議な映像を描く。それは、経験がなければわからない気難しい条件だ。小学生だったあの時もしそれを知っていたならばと思うが、それは今だから思うことであって、その時はそれで十分だったのかもしれない。
大学生の時に手にしたカメラは、「ちょっと貸して」と持ち出された先で知らない間に素晴らしい写真を残した。乾いたペンキの缶にドライバーが刺さっただけのその写真は、まるでアートだった。そして、その写真のペンキの缶は、大学に研究室の中にずっとあった見慣れた景色でもあった。グルグル回る背景の理由も写真を撮るという事の視点も、その頃学んだのだった。

201704-212
グルグルボケ(拡大すると写真の下部に見える)

だいぶ長くなってしまった。最後にこの記事を書いた背景に触れておきたい。
最近、写真関連のウェブサイトを見ていて、絞り値を随分といい加減に書いている記事が多いことに気がついた。いわゆるf値とボケの関係についてである。曰く、解放f値が小さいほどボケが大きい。曰く、解放f値が小さいほど夜に強い。間違ってはいない。だが、実際に写真を撮るとなればいつも正しい訳ではない。分かって書いてはいるのだろうが、f/1.4レンズを使えば美しいボケの写真が撮れる訳ではないし、夜間で暗い事と解放f値が小さな写真に関連性はない。どこかに嘘とか前提とかが含まれている事に触れず、何となく面白く書いているだけのように思えてならない。
そんな事を思っていたら、昔の出来事を思い出したのだった。
美しいボケを得ようとすればカメラと被写体と背景の距離を考えて絞りを変える必要があるし、夜間であろうが絞るべき時には絞る必要がある。シャッター速度の関係でどうにも絞れない場合に絞りに逃げられるとか、ファインダが明るいから暗くてもピントが良く分かるとか、例えばそんなところが解放f値の大きなレンズのメリットであって、それは少し経験すれば分かる。それが写真の面白さだろう。専門家風のキュレーションマガジンも、カメラに詳しいハイアマが集うフォーラムも、もう少し正しい情報を書いて欲しいと思い、このブログのポリシーをはみ出て少し余計な事を書いた。

 

【追記】記事を書きながらウェブを見直していたら、プロのカメラマンの方が面白い事を書いていた。これ以上詳しく書いたら仕事がなくなってしまう、だそうである。もちろん冗談である。経験と理論とセンスのどれもが必要なのは言うまでもない。

4 thoughts on “グルグルボケ”

  1. こんばんは。

    僕は「絞り値」と「シャッタースピード」の組み合わせがよくわからないままに写真を撮ってます。
    「絞り値」や「シャッタースピード」といったことは単体ではわかるのですが…。
    ディジタルカメラのモニターを見ながら、感覚的に撮影しています。
    一度きちんと教わりたいという思いもありますが、そうでなくてもいいという思いも強いのです。
    僕が使っているのがコンパクト・ディジタルカメラだからかもしれませんね(笑)。
    フィルムカメラだったらそう簡単ではないかもしれませんね。

    1. 芸術系の大学や専門学校であればきちんと教えてくれるのでしょうけど、経験で学ぶだけだとなかなかわかりませんよね。フィルムカメラをやめてからは私もコンパクトカメラを使ってきましたが、デジタル一眼レフで再び難しさを思い出しました。でも、フィルム代がかからないのがいいですね。

  2. やはり、tagnoueさんはとことん写真をされてきた方だったのですね!私は未だに絞りとシャッタースピードのことをよくわかっていないので、この記事はとても興味深かったです。
    小学生だった頃のその懐かしい写真、今でもどこかにしまってあるのでしょうか?その彼は今はどんな写真を撮っているのでしょうね。色々と想像が膨らんでしまいました。

    1. 古い写真はきっとどこかに残っていると思いますが、探さないほうが幸せだと思ってます。記憶は記憶として残すほうが良さそうです。どこかにフィルムカメラもしまってあるはずですが、カメラも見つかりません。時々思います。フィルムで撮る時の緊張感とか期待感とかを忘れたなと。

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